ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
藤崎玲丞。
ポラリスを買収したトーエー開発社長の従兄。屋敷の新たな所有者の甥。そして、カンナビを奪おうとする政治家の息子。

倫太郎から真相を明かされたとき、多恵は頭から氷水を浴びたうえに足元の氷山が音を立てて崩れ冷たい海に沈められるような苦楚に、心が砕け折れた。
もし目の前にいたのが玲丞であったならば、煉獄へ突き落とす前に命綱を着けてくれただろうし、多恵だって必死に手を伸ばしただろう。

玲丞もそれがわかっていたから、多恵の傷口を最小限に抑えようと悩んでくれていたのに、聞く耳を持たなかったのは多恵の方。わかっている……。

「それは、弁護士だってことを隠していた言い訳?」

「隠していた、のかもしれない。君に僕がしていることを知られて、軽蔑されるのがこわかったから」

「やっぱり欺罔じゃないの。黒川に泣きつかないように先手を打ってあんなことするなんて、汚い」

「ごめん……。でも、君が強情だから。ああしなければ、君はまた黒川に会いに行く」

「それが弁護士のすることなの?」

「弁護士である前に、僕は一人の男だ。君に誰の指も触れさせたくなかった」

「さすがは不祥事対応の専門家。ご自分の弁護もお上手で」

「多恵!」

一瞬、打たれるかと思った。
打たれた方がましだった。玲丞の痛々しいほど傷ついた瞳を見るよりは。

「僕がそんな人間だと、本心で言っているの? 僕を愛していると言ったのに?」

多恵はたまらず視線を逸らした。
狡い男だ。酒の勢いでつい口を滑らせた告白を言質にとって、不実を責めるなんて。
悔しいのか、情けないのか、辛いのか、感情がごちゃごちゃに入り交じって、自分でも何を言い出すのかわからない。

「私にだってわからないわよ。あなたを愛しているのか、憎んでいるのかなんて……」

「多恵……」

涙ぐむ多恵の頬にそっと玲丞の掌が触れた。
視線が重なり合う。深くそして長く。

「君を……苦しめるつもりじゃなかったんだ」

多恵は口元を歪め、フッと仕方のない薄笑いを浮かべた。

「私は、ずっと、苦しかったわ」

愕然とする玲丞の手を、多恵は引き剥がした。
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