ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

5 『姉と会ってください!』

ここにきて、航太は迷っていた。

都心の一等地の高層ビル。高級ギャラリーかと見紛うハイソサエティーな専用エントランスにのっけから気圧され、何とか気を取り直して申し込んだ面会は、「アポイントなしでお会いするのは難しい」とけんもほろろに断られ、それでもウエイティングソファに居座って一時間。

初めは、いきなりバックパッカーの風体をした若造が訪ねてきて法律相談もないだろうし、彼、そうとう敵が多いそうだから、警戒されたのだろうと考えていたけど、目の前を引きも切らずに行き来するホワイトカラーたちを見ていると、はったりではなかったようだ。

待ちあぐんでいるうちに、あれほど周到にシミュレーションした対決への意気込みも勢いも、見事に萎んでしまった。約束を守れなければ姉弟の縁を切ると姉に脅され、この半年間、悩みに悩み、それでも姉から謗られることを承知で臨んだのに……。

黄昏の街もかき暮れて、さっきまで見下ろしていた夕靄の大都会が、四角い窓明かりのパズルに変わった。
航太は腕時計に目をやり、タイムアップかと高い天井に諦めの吐息をついた。

そのとき、鏡と化した窓硝子にスーツの一団が過ぎってゆくのが映った。
そこに見覚えのある横顔を見つけて、航太は振り返りながら立ち上がった。

厳しい表情に、一瞬別人かと思った。だけど、こちらを見向きもせず、足早にエレベーターへと向かう後ろ姿は、確かにポラリスのプールサイドへ消えた背だ。

受付嬢に呼び止められ、彼は怪訝に振り向いた。
顎を突き出した格好で目礼する航太を認めると、驚きのすぐ後に、少し淋しげな穏やかな笑みを漏らした。

やはりいいひとなのだ。
だから航太もつい、微笑み返してしまっている。もっと剣呑な再会を予想していたのに。

半年前、いきなり独断で訴訟を取り下げてしまった姉にその理由を質して、航太は彼の正体を知った。

そのときは確かに、裏切られたと怒り、利用されたと恨んだりもした。
けれどそれは一時的な感情で、怨嗟の炎は上手く燃え上がってはくれなかった。

彼は顧問弁護士であってクライアントとは別人格だと庇いたい気持ちと、そんなもの一蓮托生だ、厭なら降りればよかったと非難する気持ち。
憎めた方が楽だった。お陰でもやもやした感情が胸の奥に燻り続けている。
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