ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
玲丞は、自分に付き従っていた若い男に何やら指示し、航太に向かって歩いてきた。

「久しぶりだね、コタ君。フェルカドのオープン、おめでとう」

酷使された堅牢な鞄を床に置き、玲丞は静かに対座した。

改めて見ると、なるほどサラブレッドだ。
父親は弁護士で大臣職を歴任する代議士、地元では泣く子も黙る地方財閥の御家柄。母親は何代か前の総理大臣と遠縁という名家の出らしい。
以前、人気女優とご長男との電撃結婚を報じたメディアには、〈成城の華麗なる一族〉と紹介されていた。

「申し訳ないけど、次の予定があるんだ。一時間ほどで済むから、待っていてくれるかな? どこかで食事しよう」

「いえ、すぐに帰りますから」

航太の荷物に気づいて、玲丞は眉を顰めた。

「旅行にでも出かけるの?」

「ロスに戻ることになりました。姉の友人の紹介で、向こうの映像制作会社に就職が決まったんです」

「そう……、おめでとう」

めでたいという口調には聞こえない。何か思案している様子なのは、フェルカドの心配か、残される姉の身に思いを馳せているのか。

「それで……、多恵……お姉さんは……その……元気?」

「……そうとう落ち込んでいます。猫が死んで」

「はなが?」

はなは、まるでポラリスの後を追うように、ある朝、静かに息を引き取った。

静枝の死にも毅然としていた多恵が、涙が涸れるほど悲嘆にくれ、今もペットロスから抜け出せずにいる。
人の死より猫の方が痛手かよと航太にはまったく理解できないけれど、玲丞はまるで我が子を亡くしたかのように肩を落としている。

「多恵、大丈夫かな……」

力なくつぶやく玲丞に、航太はますますわからなくなった。
側から見ても互いに想いあっているのがわかるのに、なぜ当人には結ばれた糸が見えないのだろうか。

いや、多恵が見ようとしないのか。

あの夏の日、ストーカーだと思っていた男が、実は姉の恋人だったと知り、航太はふたりの復縁に協力を申し出た。彼女が何も言わずに彼の前から姿を消したのは、ポラリスの借金のせいだと、すぐに理解したから。

誇り高き姉は、同情されることを嫌忌する。
同情されれば、弱く情けない自分を認めることになる。だから、よけい意地を張る。

航太からすればめんどくさい性格だけど、だからこそ誰かが一肌脱がなければ、頑固な殻は破れない。
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