ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

7 『君たちがポラリスだから』

長い石塀に囲まれた重厚な門構えの前で、多恵は立ち尽くしていた。
真っ白なおくるみに包まれた赤ん坊を抱き、奥の石畳に目を落とす肩は、憤慨と困憊に震えている。

──司ったら、どう言うつもり?

亡き両親に代わり御七夜を祝ってくれる、その気持ちは嬉しい。けれど産院からいきなり連れてくることはなかろう。

確かにここだと聞いたら断固拒否したけれど、だからって抜き打ちは酷い。
文句を言うにも当の首謀者は、追い出すように友人を降ろすと、さっさと車を停めに行ったきり戻らない。

腕の中の子どもはすやすやと眠っている。

こんなところを近所の者に見られて騒ぎになるのは困るし、迂闊にタクシーを呼んで顔を指すのもまずい。
留まることも返すこともできないのならいっそ進むしかないか。

それに、祝宴を整え待ってくれている伊佐山たちががっかりする姿を想像すると、それも忍びない。

いずれにせよ、こうして無事我が子を抱くことができたのは、彼らのおかげだ。

多恵は天を仰いでため息をつくと、心を決めたように一歩踏み出した。

ザァーと葉擦れがして、そよ風がアピローチの坂道を縁取るサツキの生垣を揺らした。

多恵は目を細めた。
母のバラが今年も可憐に咲き誇っている。祖母の藤棚も優雅な花房を垂れている。主が代わっても、庭の佇まいは何も変わらない。

思い出が壊されなかったことに感謝する反面、他者に奪われたのだと悔しさを覚え、力不足に情けない気持ちにもなる。

複雑な母の胸の内が伝わってしまったのか、腕の中がモゾモゾと動いて、多恵は驚いたようにおくるみの内を覗き込んだ。
子どもは小さくあくびをして、また眠りについている。

多恵はほっと息をついた。愛おしさに思わず微笑みが溢れた。

──ここがお母さんのお家だったのよ。

彼の人生の出発点はここ。司はそう考えたのかもしれない。

幸村家の跡取りとして生まれながらの使命を負わせてしまうのは、親のエゴだ。家名などいっそ捨ててあげればよかったと、はじめて彼を抱いたとき、後悔に涙もした。
だけど、四十三代続く家系図を終わらせる度胸は多恵にはなかった。
< 149 / 154 >

この作品をシェア

pagetop