ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ？

「いい写真ね」

発っした声が、自分でも驚くほど穏やかで、多恵は安堵した。赤ん坊を抱いていなければ、きっと振り返り笑顔を見せられただろう。

「ありがとう」

いつもの含羞めいた声。そして、しみじみと、

「おめでとう」

「……ありがとう」

多恵は子どもの顔を見られまいと、おくるみを引き寄せた。
まさか気づきはしないだろうけれど、司など目元がパパそっくりなどと口を滑らせたくらいだ。

「名前は？」

「……樹。樹木の樹でいつき」

「いい名前だね。樹。丈夫な大樹に育って、その木陰に人も生き物たちもたくさん集まるといいな」

命名に込めた思いを、すんなりと解いてしまう。多恵は思わず差し上がってくる涙を必死に堪えた。

「よくがんばったね。ありがとう、多恵」

え？　っと多恵は声に出さず振り返り、玲丞の笑顔に狼狽えた。

「な、なにが、ありがとう？」

そう突っぱねるのが精一杯。震える声は否定にならず、かえって逃れようもなくなってしまった。

玲丞は赤ん坊のつぶらな瞳を覗き込むと、愛しげに小さな握り拳を人差し指で突っついている。桜色の拳が貝のように開いたかと思ったら、次の瞬間にはしっかりと玲丞の指を握りしめていた。

「可愛いなぁ」

しみじみと言う。

「予定日よりずいぶん早くて、心配したけど、元気そうだ」

「なんで、そんなこと知ってるの？」

「司さんに聞いた。出産にも立ち会いたかったんだけど、間に合わなくてごめん」

「つ、司が、何を言ったか知らないけど、あ、あの、違うから……」

動揺を誤魔化そうとしたけれど、ふいに言葉の途中で水滴が落ちてしまった。それでも声を洩らすまいと、多恵は懸命に踏ん張った。

玲丞はよしよしと多恵の頭を撫でると、

「多恵、家族になろう」

多恵は大きく目を見開いて、それから今のフレーズを咀嚼するように視線を流した。その表情が見る間に苦しげに歪んでいった。

だから、玲丞には言えなかった。
打ち明ければ、彼は責任を感じて結婚を言い出さないとも限らない。けれど、幸村の名を捨てることは多恵には許されない。