ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「責任なら感じなくても──」

玲丞は言下に首を振ると、

「責任でプロポーズしたんじゃない。本当はずっと、ずっと君に伝えたかった。でも、迷いがあって言えなかった。君に惹かれれば惹かれるほど、自分の中で麻里奈の存在が薄れてゆくことに罪悪感をもっていたんだ。僕が殺したようなものなのに、他の女性を愛してもいいのかって。何よりも大切なひとが、傷ついてずっと苦しんでいたのに、背を向けられるまで気づきもせずに、逃げ続けていた。ごめん」

多恵は辛そうに顔を背けた。
そうやって彼が苦しむのはわかっていたから、苦しめたくなかったから、踏み込まなかったのに、最後の最後になって責めて傷つけたのは多恵だ。彼が謝ることなんてない。

「多恵、人は一生のうちに何人のひとと出会って、何人のひとと別れてゆくんだろうね。偶然のように見える出逢いにも別れにも、きっと何か意味があると思うんだ。麻里奈との別れにも、君に出会ったことにも」

玲丞はカンナビの写真に目を細めた。そこに希望を見出したような、清々しく曇りのない瞳だった。

「麻里奈を失ったとき、僕は彼女の後を追うこともできず、一人で生きていく苦痛から逃れようと、ただ毎日を漫然ととやり過ごしていた。けれど、永遠に続くと思った雪の朝に、君が朝日を運んできてくれたんだ。雪の下でも生命は育まれていて、春になれば新しい芽が息吹く。そう教えてくれたのは君だよ」

玲丞は一度大きく息を吸った。

「僕は、幸村多恵を愛している」

「あいしている……?」

玲丞は力強く頷いた。

「愛してる。君と幸せになりたい。君とずっと、木洩れ陽の中を歩いてゆきたい」

不意打ちに、しかも想像すらしていなかった言葉に混乱して、思考がまとまらない。胸は喜びであふれているのに。

──いいのかな? 頷いて。いいのかな? 何も考えなくて。
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