ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「彼女が今どういう状態かご存じでしょう? せめてあと半年、待ってください」
「お亡くなりになられてからでは、ご子息に相続税がかかります。時機を逸して競売となれば、安く買い叩かれたうえに、文化財級の家屋敷を取り壊され分割転売されるやもしれません。それは忍びないと、頭取が肝胆を砕かれたこと、お察しください」
「家を売ったところで、残債を一括返済できる目処などありません」
「あなたのものをお売りになられたらいかがでしょう。トーエー開発さんからお話はいっておりますね?」
やられたと、多恵は唇を噛んだ。彼らの標的はポラリスでも屋敷でもなく、そちらだったのだ。
ポラリスが建っている岬の森は、多恵が所有している土地だ。
地価としては二束三文だが、それを破格の値段で買い取りたいという業者があった。
数年前からしつこく面談を求めてきていたが、むろん、多恵は聞く耳を持たなかった。
「そのお話は再三お断りしました。先方の開発計画には賛同いたしかねますので」
二年前、十年ぶりに戻った村の変わり果てた姿に、多恵は愕然とした。
虫たちののどかな田園も、鳥や動物たちの豊かな森も、魚たちの澄んだ小川も、心優しい住民の姿も、そこにはなかった。
川は灰色の大蛇のように枯れ、ただ傷ついた大地が赤い肌を曝していた。
自然を破壊して生態系を乱しても、人間は人工的な自然を造ろうとする。
ダム建設反対、高速道路建設反対と、自分たちの生活権を主張するばかりの住民運動を冷めた目で見ていた多恵だが、故郷が開発と言う名の暴力に蹂躙される姿を目の当たりにして、慷慨を感じたのは言うまでもない。
「聞くところによりますと、ポラリスのためにすでに目ぼしい不動産は手放され、お祖父様の骨董コレクションやお父様の貴重な蔵書までお売りに出されたとか」
嫌らしい言い方をすると、多恵は苦々しい顔をした。
そこまで調べ上げたうえでの、呼び出しなのだ。今日から世間は盆休み、金策に走るにも担当者が捕まらないのでは動きようがない。
「それに、これは幸村さんだけの問題ではないのです。港町の老朽化した港湾整備のためにも、観光誘致で遅れをとっている温泉町の活性化のためにも、IR構想は外せません。そのために町村合併は必要不可欠な条件なのです。過疎の上に高齢化が進むあの村が生き残る唯一の望みだというのに、佐武村長もさぞ辛いお立場でしょう」
「お亡くなりになられてからでは、ご子息に相続税がかかります。時機を逸して競売となれば、安く買い叩かれたうえに、文化財級の家屋敷を取り壊され分割転売されるやもしれません。それは忍びないと、頭取が肝胆を砕かれたこと、お察しください」
「家を売ったところで、残債を一括返済できる目処などありません」
「あなたのものをお売りになられたらいかがでしょう。トーエー開発さんからお話はいっておりますね?」
やられたと、多恵は唇を噛んだ。彼らの標的はポラリスでも屋敷でもなく、そちらだったのだ。
ポラリスが建っている岬の森は、多恵が所有している土地だ。
地価としては二束三文だが、それを破格の値段で買い取りたいという業者があった。
数年前からしつこく面談を求めてきていたが、むろん、多恵は聞く耳を持たなかった。
「そのお話は再三お断りしました。先方の開発計画には賛同いたしかねますので」
二年前、十年ぶりに戻った村の変わり果てた姿に、多恵は愕然とした。
虫たちののどかな田園も、鳥や動物たちの豊かな森も、魚たちの澄んだ小川も、心優しい住民の姿も、そこにはなかった。
川は灰色の大蛇のように枯れ、ただ傷ついた大地が赤い肌を曝していた。
自然を破壊して生態系を乱しても、人間は人工的な自然を造ろうとする。
ダム建設反対、高速道路建設反対と、自分たちの生活権を主張するばかりの住民運動を冷めた目で見ていた多恵だが、故郷が開発と言う名の暴力に蹂躙される姿を目の当たりにして、慷慨を感じたのは言うまでもない。
「聞くところによりますと、ポラリスのためにすでに目ぼしい不動産は手放され、お祖父様の骨董コレクションやお父様の貴重な蔵書までお売りに出されたとか」
嫌らしい言い方をすると、多恵は苦々しい顔をした。
そこまで調べ上げたうえでの、呼び出しなのだ。今日から世間は盆休み、金策に走るにも担当者が捕まらないのでは動きようがない。
「それに、これは幸村さんだけの問題ではないのです。港町の老朽化した港湾整備のためにも、観光誘致で遅れをとっている温泉町の活性化のためにも、IR構想は外せません。そのために町村合併は必要不可欠な条件なのです。過疎の上に高齢化が進むあの村が生き残る唯一の望みだというのに、佐武村長もさぞ辛いお立場でしょう」