ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
高度成長期に水産加工業で都市化が進んだ港町は、産業の衰退と共に人口流出に歯止めが利かない。
古くは湯治場として栄えていた温泉町は、バブル期の安直な開発で町づくりに失敗しすっかり寂れてしまっている。

この二つの町を合併させ、総合型リゾート開発で町興しを図ることが、行政の意向だ。
二町に挟まれ今まで見向きもされなかった農村の動向が、町村合併の成否を握っている。

リゾート法というバブルの落とし子と地方分権政策が、財政難の地方自治体と企業の思惑を一つにして、住民不在の開発を押し進める。

「人間の都合で商業リゾートを造っても、それが真のリゾートでしょうか? 自然と人間が共存共栄するために先祖たちが守ってきたカンナビを破壊されて、誰が歓ぶのですか? 垂れ流し的な開発は、後で必ずしっぺ返しを受けます」

この沿岸部に良質な漁場があるのは、照葉樹の森のお陰だ。森が海に日陰をつくり、落ち葉などの有機物がプランクトンを増やして魚たちを集める。
さらに、遠い山々のミネラルを充分に含んだ森の湧泉は、この地に豊穣をもたらしてきた。

古の人々はそれを知っていて、森を神の依り代〝カンナビ〞と尊称し、崇めてきた。

岬に鉱泉を掘削しホテルを建設した祖父は、原生林の偉大さに気づき、己の過ちを悔い改め、以降篤く保護した。
それでもいずれ人間の我欲に自然が貪られることを、祖父は半世紀も前に予見していたのに……。

「新市のカジノ付き複合観光レジャーランド構想が実現すれば、雇用の需要も確実なのです。そうなれば、都会へ出ていった若者たちも戻ってくる。周辺の国有地は開発事業が進んでいますし、高速道路建設用地の買収も済んでいます。色々と問題はありましたが、官庁の保養施設などもトーエーへの譲渡が認可されました。あの森だけなのです、残っているのは」

「あの森にそれだけの利用価値があるとは思えません」

「海外投資家たちにとって、森林と鉱泉が今回のプロジェクトの最大の目玉なのです。それに、ホテルが倒産してしまえば、あなたが森を所有しているメリットもない」

「あの森は──」
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