ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
多恵が呑み込んだ感傷的な言葉を察したように、次長は頷いた。

「姫様の苦しいお気持ちもわかります」

多恵は訝しげに彼を見た。
姫様という呼び方に揶揄は含まれていなかった。むしろ憐憫の情さえ感じさせる。

テーブルに置いた彼の名刺に目を落として、多恵はあっと息を呑んだ。

──山岡農園の息子?

多恵が子どもの頃、よく山岡を手伝ってホテル幸村へ納入に来ていた。遅い歳にようやく恵まれた文字通りの子宝で、真っ黒に日焼けした父自慢の息子だった。
その後、東京の大学を卒業して銀行勤めをしていると、後継者を失った山岡が寂しげに話していたのを覚えている。
確かに面影はある。

「誰しも思い出は守りたい。しかし、美しいおとぎ話のなかでは生きてはゆけません。亡くなられた方々よりも、今、現実に生きている人間の生活が大切なのです」

山岡とすれば、ポラリスの存在が年老いた両親をあの土地に呪縛しているのだと、考えていても当然だ。

だけど、たとえポラリスがなくなっても、あの頑固な農夫は田畑を耕し続ける。
彼らはこの地の民だ。カンナビがある限り、土地を捨てることはない。

とすれば、山岡が憎んでいるのは、カンナビなのか。その守り主である多恵なのか。

「どこも厳しいサバイバルゲームです。あなたも意地を張らずにもう楽になった方がいい」
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