ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

6 『残されたものは、ポラリスと、膨大な負債だ』

──意地かぁ。

そうかもしれない。
私財を投じてその場を凌いでも、ホテル再建の可能性は限りなく0に近かった。それなのに、亡き母への思いが、どうしてもポラリスに執着させた。血の穢さと言われても仕方がない。

四十年ほど前、六百年続く幸村家の一人娘、老舗温泉旅館〝ゆきむら〞の若女将で〝ホテル幸村〞の社長、幸村永和(とわ)が起こした駆け落ち騒動を、この辺りで知らない者はない。

一回りも年が離れたしがない大学講師との結婚を、一族郎党に反対されての強硬手段だったと聞くけれど、それ以上に、彼女が受け継ぐ莫大な財産への思惑が誰の顔にもあからさまになって、嫌気が差してしまったのだろうと多恵は思う。

結局、男女を問わず第一子を祖父母へ養子縁組して、幸村の名を継がせることを条件に、祖父は中里貴一との結婚を承諾したのだ。

祖父母は、多恵が九歳のときに、不慮の事故で共に他界した。
その日から、多恵は幸村本家の当主となった。

その二年後、永和が病死した。
旅館とホテル、双方の経営で心労が重なっていたのだろう。ゆきむらの宴席で倒れ、二度と目を覚ますことはなかった。突発性心筋梗塞、まだ三十八歳の若さだった。

母の死から半年も経たぬうち、父は再婚した。

そして、母が逝って十年目の春、父はホテル幸村を廃し、〝ホテル・ポラリス〞を完成させた。
幸村本家の象徴であるゆきむらを黒川へ売却し、亡き妻の遺産を注ぎ込み、世間から幸村家を簒奪したと誹謗されながら、父はポラリスを造った。

ポラリスは、母の夢だった。
若い頃の一人旅で見つけた、コートダジュールのエズの宿のようなホテルが造りたいのだと、口癖のように語っていた。
その夢を実現させるため、父は己の人生を費やしたのだ。

そしてその数年後、父も命の炎が尽きたようにこの世を去った。

あとに残されたものは、ポラリスと、そして膨大な負債だ。
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