ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
3 『いい歳をして据え膳食わねばでがっつく男もどうかと思う』
街は今夜も蒸している。
ハイヤーを見送った多恵は、見送りのホステスに愛想笑いを返して、暑さか寒さかわからぬ汗を拭った。
やばかった。
目があったのは一瞬だったし、きっと人違いだと思い直すだろう。
この店を使うのはもうよそうと踵を返して、多恵はそのまま石になった。
「ユキさん」
上着を腕に掛けたYシャツ姿の男が、爽やかに微笑んでいる。
「こんばんわ」
最悪だと、多恵は項垂れた。わざわざ追いかけて来るなんて、粘着質な男だったのか。
「なかなか抜けられなくて、すみません。これからザナデューに向かおうと思っていたんです。よかった、ここで会えて」
「はあ?」
「それじゃあ、行きましょうか」
言うやいなやタクシーに手を挙げる男に、多恵は泡を食った。
「行くってどこへ!」
「お約束どおり、美味い蕎麦をご馳走します」
目の前に空車タクシーが停車するのを見届けながら男は言う。
「そんなこと、約束しました?」
口調の強さほど多恵には自信がない。充分あり得る。酔うとお喋りで我が儘な口なのだ。
タクシーが自動ドアを開けて苛々と待っている。男にどうぞと先を譲られて、多恵は不承不承乗り込んだ。
とにかく、会ってしまったものは仕方がない。胡蝶の客だし、後で変な詮索をされないように、ここはきちんと釘を刺して置いた方が賢明だ。
「道玄坂」と、男は告げた。
「道玄坂ねぇ」と、男の下心を鼻先で嗤って、多恵は腿に載せていたバッグをこれ見よがしにふたりの間に衝立てた。
ハイヤーを見送った多恵は、見送りのホステスに愛想笑いを返して、暑さか寒さかわからぬ汗を拭った。
やばかった。
目があったのは一瞬だったし、きっと人違いだと思い直すだろう。
この店を使うのはもうよそうと踵を返して、多恵はそのまま石になった。
「ユキさん」
上着を腕に掛けたYシャツ姿の男が、爽やかに微笑んでいる。
「こんばんわ」
最悪だと、多恵は項垂れた。わざわざ追いかけて来るなんて、粘着質な男だったのか。
「なかなか抜けられなくて、すみません。これからザナデューに向かおうと思っていたんです。よかった、ここで会えて」
「はあ?」
「それじゃあ、行きましょうか」
言うやいなやタクシーに手を挙げる男に、多恵は泡を食った。
「行くってどこへ!」
「お約束どおり、美味い蕎麦をご馳走します」
目の前に空車タクシーが停車するのを見届けながら男は言う。
「そんなこと、約束しました?」
口調の強さほど多恵には自信がない。充分あり得る。酔うとお喋りで我が儘な口なのだ。
タクシーが自動ドアを開けて苛々と待っている。男にどうぞと先を譲られて、多恵は不承不承乗り込んだ。
とにかく、会ってしまったものは仕方がない。胡蝶の客だし、後で変な詮索をされないように、ここはきちんと釘を刺して置いた方が賢明だ。
「道玄坂」と、男は告げた。
「道玄坂ねぇ」と、男の下心を鼻先で嗤って、多恵は腿に載せていたバッグをこれ見よがしにふたりの間に衝立てた。