ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

4 『いっそのこと、一気に押し倒してくれないだろうか』

「やはりご迷惑ではないですか?」

「全然! 誘ったのは私ですから」

マンションのオートロックの前でバックの中の鍵を探りながら、多恵は平常心を装った。

ザナデューで飲み直そうと言う藤崎を、自宅へ誘ったのは多恵だ。
昨夜の今夜ではさすがに司の目が気まずくて、軽い気持ちで言ったのだけど、言った尻から成人女性としての思慮のなさを後悔した。

撤回して意識していると思われるのも不本意で、咄嗟に「いいメドックを手に入れたので、昨夜のお詫びに」などとわかりやすい言い訳をしてしまったことが、さらに相手に期待を持たせることになったのではないかと不安になって、だからここまでの道中、自己嫌悪と決まりの悪さを覚えながらも沈黙になることの方が怖くて、一方的に喋り続けていたのだ。

エレベーターの速度がいつもより遅く感じる。
こちらからの話題も尽きたし、何か喋ってくれればいいのに、フジサキ リョウスケという男は気が利かないのか、無口なのか、それとも思いがけない展開に、彼も戸惑っているのか。

「ただいま、はな」

玄関マットの上でルディーカラーの猫が行儀よく出迎えていた。
ピクリと大きな耳を立てたアビシニアンは、見知らぬ男に驚いて脱兎の勢いで逃げて行った。

「嫌われたようです」

猫好きなのか、目で追う彼は少し残念そう。

多恵は彼の足元にスリッパをそろえながら、

「人見知りが烈しいんです」

はなは、父を亡くした多恵のために司が連れてきた猫だ。
外の世界を知らぬ深窓の令嬢は、プライド高く人嫌いで、多恵しか他の存在を認めない。多恵にとっては一人娘と同じ、唯一の扶養家族だ。
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