ホテル　ポラリス　　彼女と彼とそのカレシ？
「こちらの方がいいですね」

ベージュとグリーンを基調とした北欧風のこざっぱりとしたLDKの一角に、格子戸を隔てて純和風の座敷がある。

藤崎は多恵が敷いた天竺座布団へ両手を腿に置いて正座すると、不思議そうに首を巡らせた。
四畳半の畳敷きに掘り炬燵式の座卓、床の間には華と書、猫間障子の向こうのベランダに坪庭、そのうえ神棚を祀っているとなれば、意外に感じるだろう。

「本がお好きなんですね」

多恵はアイランドキッチンから顔を上げ、壁一面に設えられた立派な書架に照れ笑った。

文学者の父に似て、幼い頃から本は好きだった。
多忙な家族にとって、退屈になれば森の泉の畔で読書にふけっている多恵は、手のかからぬ娘だったと思う。
物知り顔で小賢しくそのくせ夢見がちな少女は、そうしてできあがった。

今では美術や建築、ビジネスの専門書ばかりが並んでいる。テーブルはノートパソコンが置かれたワークスペースとなり、窓際の白いカウチソファーは資料置き場に成り果てていた。

多恵は、手にしたワインを得意げに披露した。

「シャトー・マルゴー、１９９５年」

この年はマルゴーの当たり年で、本当は贈り主と呑むはずだった。こんな機会でなければきっとひとり不味い酒になっていただろう。

「僕が」と、藤崎は慣れた手つきでワインを開ける。

グラスの中で紫色の波が踊るのを、多恵は頬杖ついてうっとりと眺めていた。

「何に乾杯しましょうか？」

問われて、多恵はグラスを手に首を捻った。

「奇蹟の再会、とか？」

藤崎は笑いながら、グラスを寄せた。
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