ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「さっきの話ですけど、後から被害届が出されることもあるのでしょう?」

藤崎は一度ワインを口に含んでゆっくりと飲み下し、感動したように微笑んだ。

「そのときは、何とかします」

「何とかって?」

藤崎は苦々し気に唇の端を引いて、それには答えなかった。
はったりなのか、それともやはりその筋の人間なのか……。

「何か武道をされているのですか?」

「いえ、子どもの頃、柔道を少しだけ。他に何かご迷惑をかけませんでしたか?」

藤崎はチラリと坪庭の篠竹へ目を向けて、

「そういえば、ソフトクリームを買いに走らされました」

ああ、やっぱりと、多恵は項垂れた。

「私、酔うと記憶が飛んでしまって……」

「それじゃあ、そのあとのことも覚えていませんか?」

「そのあと? まだ何か失礼なことをしたんですか?」

今度は藤崎の方が気まずい顔をした。

「あなたじゃなくて、僕が」

「あなたが? 何でしょう?」

悪戯を見つかった少年のように、藤崎は急に落ち着きをなくしている。

「ああ、いいです。私の方が覚えていないのですから、きっとたいしたことじゃないんですよ」

「でも、あとで思い出すこともあるかもしれない」

「心配ご無用。私、都合の悪いことは思い出さないたちですから」

「そうなの?」

「確かめてみます?」

藤崎は少し迷って、

「じゃ、目を閉じてください」
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