ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
あの日から、多恵と玲丞との奇妙な関係は穏やかに続いていた。

気が向いたらこの店に来て、会えれば一緒に呑んでそのまま多恵の部屋で一夜を過ごす。
次の約束を取り交わすこともなく、携帯電話の番号も教えあってはいないので、二週間会わないこともあれば、連日会うこともある。

多恵が常連であることを承知で通ってきているのだから、憎からず思ってくれているのだろうけれど、決定的な意思表示も明確な告白も受けてはいないから、それがいかなる種類の好意なのかは甚だ不明だ。

第一、恋愛を意識する兆しもなくいきなり男女の関係になってしまったのに、今さら相手の気持ちを確認しようなどという、既成事実を盾に迫るような野暮なことができるわけがない。
後腐れのないセックスフレンドだと思われているのかもしれないのに。

「何かドライなオトナの関係って感じっすよね。何をしている人なんすか?」

「さぁ? サラリーマンではないでしょうね」

朝はすこぶる弱いし、不規則な生活をしているようだ。真夜中でも休日でもお構いなしに携帯電話がかかってきて、そんなときは多恵を気にしてか、やけにひそひそと会話していた。電話の向こうから女の甲高い怒声が漏れ聞こえたり、明らかに泣いているのを宥めているような場面も目撃している。

ここに来るときはラフな格好だけど、銀座では仕立ての良いスーツ姿だったし、広尾の高級マンションに住んでいるくらいだから、それなりの収入なのだろう。

親の財産で飲食店のオーナーでもしている感じ? もしくは、反社会的勢力と馴染みがあるようだから、あれでいて金融系の裏家業? 

「あんた、まさか相手の職業も知らないの?」

「あのひと、自分のことって喋らないもの」

「秘密主義なんてますます怪しいなぁ。絶対まっとうな仕事じゃないって」

「できる男は、みだりやたらに自分を語ったりしないものなのよ。自慢話の多い男ほど大した人生送ってない」

司が庇ったものだから、理玖は面白くなさそうに唇を尖らせた。

「え〜、でも、何をしてるかくらいは、カノジョに言うでしょう? ふつう」

「カノジョじゃない」

「そうだ、司さん、名刺は?」

「いただいてない。いつもニコニコ現金払いだし、一度いただこうとしたら切らしてるからって。それにユキのカレシだしね」

「だからカレシじゃないって」

「怪しい! ユキさん、カモだとか思われてンじゃないっすか? 都心の分譲マンションに女の独り住まいなんて、相当溜め込んでるって考えたんですよ。三十路の独身女が一番狙われやすいって言うから」

ギロリと二つの視線に刺されて、理玖はしゅんと首を引っ込めた。
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