ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「いずれにせよ、職業ぐらいは訊いておきなさいよ?」

「別にいいんじゃないの? お互い何も知らない方が変に干渉し合わなくて」

「また寂しいことを言う」

「寂しいから温め合うんじゃない」

「体は温もっても、かえって心が寒くなるってこと」

「この歳になれば誰でも孤独の一つくらい抱えているわよ。あのひともきっと寂しい人なんでしょう?」

「あんた、絶対、出会い系とかしちゃダメよ」

司があまり真剣になるから、多恵は茶化した自分が悪くなった。

「そんな暇もないから」

「そっちの方が心配するわ。ユキは立派なワーカホリックよ。オーバーヒートしてぶっ倒れる前に、一遍立ち止まって、よおっく廻りの景色を見てご覧なさい」

ボストン時代のルームメイトは、最後はいつも辛辣な説教になる。

〈仕事一筋もたいがいにしないと、前に進むことばかりに急ぎすぎて優しさが足りてないのよ。他人にも、自分にも〉

多恵は、会社に終身の忠誠を誓うほど義理堅くないし、同僚や部下に家族的な思い入れを感じるほど人情家でもない。
経済的にも、いくつもの貸ビルなどの不動産収入や一族関連の株の配当金で、一人分食っていくくらい充分ある。

仕事にのめり込む理由は、世間から自分の存在を認められたいという、強い自己顕示欲のためだ。

淡泊な都会では、魂が迷子になる。どこにも自分の居場所が見つからなくて、夜の森にひとり彷徨うような心細さと寒さに、叫びたくなることがある。
そんなとき拠り所になるはずの家族を、多恵はすでに失っていた。

母を亡くし父に新しい家族ができたその日から、多恵は常に自問していた。自分が死んでも、悲しむ者もなく、生前の記憶さえ呆気なく忘れ去られてしまうのではないかと。

過去にも未来にもつながりを持たない人間は、己の存在意義さえ見出せず、人生が不確かに思えてならないのだ。

立ち止まれば、孤独の波に呑まれてしまう。振り返れば、今まで見ないふりをしてきた過ちに足元を掬われる。高みに向かってがむしゃらに走り続けている限り、迷わずにすむ。

けれど、仕事に没頭する理由が〝自分探しの旅〞だとは、司には口が裂けても言えない。
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