ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

6 『結婚式の帰りなんっすよ。ユキさんの元カレの』

街は何やら浮かれ立っている。どこもかしこもクリスマスソングがあふれ、この冬一番の身を切るような寒さにも、賑やかに飾り立てられたイルミネーションの街は、恋人たちの熱気で白く靄んでいるようだ。

紳士のオアシス、アーバンクラシックがモットーのザナデューも、今宵ばかりは華やかにクリスマスディスプレーが施され、ホワイトクリスマスの歌声もムーディーに、マダムもシャンパンカラーのイブニングドレスでエレガントに着飾っている。

それなのに、まるでお通夜のように暗いのは、なぜだろう。

「ああ、よかった……」

弾むようなドアの音に、司は救われたという声を出した。

突っ伏していてもメシアの正体は知れていて、多恵は舌打ちした。
イヴだと言うのに一人でこんな所に呑みに来るなんて、他に友だちもいないのか? 淋しい男だ。

「早く連れて帰っちゃってください。このひとのせいでお客さんが寄りつかないんだから」

「今夜は荒れ気味なんっす」

片手を口元にヒソヒソと言う。年に一度の蝶ネクタイの理玖も、ほとほと弱り果てている。

コートを脱いだ玲丞は、心配そうに多恵の隣に腰を下ろしながら、

「どうしたの?」

おめでたい訪問着への質問も含んでいそうで、多恵はプイッと壁に顔を横向けた。

宝づくしの一つ紋付加賀友禅、金地に白と薄紅の太鼓柄の袋帯。ヨーロピアンテイストの大きなクリスマスツリーがLRDライトの色を変えるたび、パールをあしらったかんざしが同じ色の光を弾いている。

「結婚式の帰りなんっすよ。ユキさんの元カレの」

「え?」

「理玖、うるさいよ!」

腕の中から怒鳴られて、理玖は首をすっこめた。

「あんたもそんなに厭だったら、行かなければよかったじゃない」

「だって、祝辞も頼まれてたし……」

「あんたって……、ほんとに変なところで律儀なんだから。そんなの、欠席してもらうための女の嫌がらせに決まってるでしょう? 披露宴で暗い顔して祝辞を述べる方が迷惑だと思わない?」

「……」

「後悔するくらいなら、なぜプロポーズされたときOKしなかったの。ぐたぐた返事を先延ばして、それでも彼、三年も待っていてくれたのに、結局、自分のアシスタントに寝取られていたなんてねぇ」
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