ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「愛するひとと過ごした思い出って、どんなに時が経っても色褪せないものなのよ。私の母は、美しいまま逝ってしまったの。父の時計はそこで止まったまま、彼女の面影だけを愛し続けたわ。生きている人間は辛いわね。美化された死者と常に比べられる。私もそうやって、あのひとをずっと苛んできたのよ」

多恵は懺悔を終えた罪人のように、長く息を吐いた。
折しもBGMがレクイエムに変わった。

「──戻らないとわかっていても、どうしようもないんだ」

十分に一度は微笑む彼に、時おり切なくなるほどの哀愁を感じることがある。今も苦し気な翳りが横顔に落ちていた。

「あなたも大切なひとを亡くしたの?」

「……うん」

多恵はそうかと頷いた。
あの部屋は棺だったのだ。玲丞もまた、死者の花園に生きている。

「母が言っていたわ。もしも大切なひとを失って寂しくなったら、ポラリスを見つけなさいって」

「ポラリス?」

「北極星のこと。亡くなった人たちはポラリスにある楽園で幸せに暮らしているんですって。祖父も祖母も母も父も、そしてあなたの大切なひとも、きっとそこで見守ってくれているわ。今度、見つけ方を教えてあげる」

行きつけの店を教えるような口調に、玲丞は目を閉じ唇に微笑みを浮かべて言った。

「多恵、君は優しいね」と──。
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