ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
しまったと片頬を引きつらせ、何も聴くなと言うばかりに額に手をやりコカブを後にする多恵に、貴衣と菜々緒は顔を見合わせた。
目と目で頷き合い、揃って再びプールサイドに視線を移す。ちょうどプールに白い水しぶきが上がった。
従業員用の休憩室は地階にあるのだけれど、多恵は海からの風が吹き抜ける開放的なバーで一服することを許していた。
その代わり、忙しいときにはウエイトレスやウエイターに変身する。ただし、喫煙と飲酒、ゲストの話題に触れることは厳禁だ。
「中里マネージャに報告しといた方がよくなくない?」
身を乗り出す貴衣のつきたの餅のような胸に、ユニフォームのボタンが弾き飛びはしないかと菜々緒はいつも気が気ではない。
ポラリスにスパがオープンしたのは二年前、それまで貴衣は都内の有名サロンに勤務していたのだけれど、女性ばかりの職場はなかなか難しい問題があったらしい。独立すべきか悩んでいたところ、オーナーから多恵を紹介されたと聞いている。
明るく話し好きで物怖じしないし、そのくせどこか冷めたところもあるので、バーでの客あしらいも巧い。
唯一、御法度破りが玉に瑕だ。
菜々緒は思案顔でオレンジジュースにストローを上下させた。
常にクールでストイック、バリキャリを絵に描いたような多恵が、あれほど感情をあらわにするなんて。やはり藤崎様とは顔見知りなのではないかしら。それも、恋愛がらみ。
「奥様もご一緒なのにね」
貴衣はぷっと吹き出した。
「菜々緒ちゃん、あのお連れ様ね……」
「あのメデゥーサ?」
うんと頷いて、
「男よ」
「ええ?」
店に響く驚きの声に、貴衣はシッと人差し指を立てた。
「昨日、アロママッサージに入られたでしょう?」
「え? じゃあ──」
お・ね・え? と、菜々緒の口が動くのを受けて、貴衣はうんと頷いた。
「それじゃあ、あのふたりって……」
「いい年した男性が、ふたりきりで一週間も隠れ宿に滞在する関係」
ふたりはなるほどと頷きあうと、体を拭う玲丞の肉体美に顔を向けた。
「いい男なのに、ざんねん」
「でもそれなら、何でGMに言い寄ってるのかしら?」
「どっちもいけるんじゃない?」
唇をアヒル口にした貴衣が、驚いたように目を見開いて固まったのを見て、何事かと顔をむけた菜々緒の目も固まった。
入り口に表情をなくした多恵の姿があった。
「貴衣さん、あそこにいらっしゃる藤崎様に、お戻りのときでいいから、サインをいただいてください」
「あ、は、はい」
多恵は伝票をカウンターに置くと、狼狽える彼女らを無視して無言で出て行った。
目と目で頷き合い、揃って再びプールサイドに視線を移す。ちょうどプールに白い水しぶきが上がった。
従業員用の休憩室は地階にあるのだけれど、多恵は海からの風が吹き抜ける開放的なバーで一服することを許していた。
その代わり、忙しいときにはウエイトレスやウエイターに変身する。ただし、喫煙と飲酒、ゲストの話題に触れることは厳禁だ。
「中里マネージャに報告しといた方がよくなくない?」
身を乗り出す貴衣のつきたの餅のような胸に、ユニフォームのボタンが弾き飛びはしないかと菜々緒はいつも気が気ではない。
ポラリスにスパがオープンしたのは二年前、それまで貴衣は都内の有名サロンに勤務していたのだけれど、女性ばかりの職場はなかなか難しい問題があったらしい。独立すべきか悩んでいたところ、オーナーから多恵を紹介されたと聞いている。
明るく話し好きで物怖じしないし、そのくせどこか冷めたところもあるので、バーでの客あしらいも巧い。
唯一、御法度破りが玉に瑕だ。
菜々緒は思案顔でオレンジジュースにストローを上下させた。
常にクールでストイック、バリキャリを絵に描いたような多恵が、あれほど感情をあらわにするなんて。やはり藤崎様とは顔見知りなのではないかしら。それも、恋愛がらみ。
「奥様もご一緒なのにね」
貴衣はぷっと吹き出した。
「菜々緒ちゃん、あのお連れ様ね……」
「あのメデゥーサ?」
うんと頷いて、
「男よ」
「ええ?」
店に響く驚きの声に、貴衣はシッと人差し指を立てた。
「昨日、アロママッサージに入られたでしょう?」
「え? じゃあ──」
お・ね・え? と、菜々緒の口が動くのを受けて、貴衣はうんと頷いた。
「それじゃあ、あのふたりって……」
「いい年した男性が、ふたりきりで一週間も隠れ宿に滞在する関係」
ふたりはなるほどと頷きあうと、体を拭う玲丞の肉体美に顔を向けた。
「いい男なのに、ざんねん」
「でもそれなら、何でGMに言い寄ってるのかしら?」
「どっちもいけるんじゃない?」
唇をアヒル口にした貴衣が、驚いたように目を見開いて固まったのを見て、何事かと顔をむけた菜々緒の目も固まった。
入り口に表情をなくした多恵の姿があった。
「貴衣さん、あそこにいらっしゃる藤崎様に、お戻りのときでいいから、サインをいただいてください」
「あ、は、はい」
多恵は伝票をカウンターに置くと、狼狽える彼女らを無視して無言で出て行った。