ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「どないした? いつもパワフルなユキらしないなぁ」

コカブのカウンターに腰を下ろした上倉は、上半身を反らして多恵をまじまじと見た。

「大変申し訳ないのですけど、ブライダルの方は今年いっぱいで打ち切りにさせてください」

多恵は率直に言った。

上倉はワンテンポ遅れて椅子から転げ落ちるふりをした。万事大げさなひとなのだ。

「何? どないした? 何かトラブルでもあったんか?」

いいえ、と多恵は首を振った。

「採算が合わんか? 赤字か?」

先ほどよりいささか弱く、多恵は苦笑しながら否定した。
臨時の調理人や配膳人の人件費を考えると、あまり実がないことは事実だ。

「うちの方も結構厳しい数字でやってんやけどなぁ」

商売人の上倉は、聞こえよがしに呟いて、囲い込むように多恵の肩に手を置いた。スキンシップも大好きなひとだった。

「このプランを始めてまだ二年やないか。粘りが信条のD女やろう?」

多恵はフッと寂しく笑った。

「ポラリスを閉館することになるかもしれません」

ひえ~と、上倉は万歳したまま後ろに倒れそうになった。

「嘘やろ。そんなに行き詰まってんのか? わしの見たところ、設備のメンテナンスも行き届いてるし、サービスの質も落ちてぇへん。元々セレブリティの常連客をぎょうさん掴んどるし、ユキの人脈で顧客の新規開拓も順調なんやろ? 新しく始めたマクロビオティックプランや、デトックスプラン、アグリツーリズモプランなんかも好評やと聞いとる」

「軌道には乗りかけているけど、銀行がね……、融資の打ち切りを言い出して……」

上倉は一拍ほど考えた。

「貸し剥がしってやつか? そやけど、今、このホテルを潰して、銀行に何の得があるんや?」

「この一帯がリゾート開発されるのは知っているでしょう? この岬を欲しがっているひとがいるんです。森に外国人投資家向けの別荘地を造るんですって」

上倉は思い当たったかのように急に真顔になった。

「トーエー開発か」

無責任男と呼ばれることを歓んでいるけれど、実はなかなかの事情通だ。

「将を射んと欲せばまず馬を射よってことやなぁ。ちゅうことは、必要最低限のホテルの土地を残して、森を売却すりゃええだけの話やないのか? その金で借金返済でけりゃ渡りに舟や」

多恵は毅然と頭を振った。
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