ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「ホテルは建て直せるけど、原生林は一度破壊されたら元には戻らない」

「そりゃ正論やけどな、自然のために従業員の生活を犠牲にするっちゅうのは、本末転倒とちゃうか?」

言ってしまってから、上倉は蝶ネクタイの片方を鬱陶しそうに外して勢いよく頭をかいた。

「そないなこと、わしがわざわざ言うこともあらへんわな。ユキが森にこだわるにはそれなりの深い理由があるんやろ。いずれにせよ、奴らの狙いがそっちにあるんやったら、どんなえげつない手段をつこうても手に入れようとするで」

トーエー開発の企業母体のバックに大物代議士の影があり、中央からの督責と地元議員の圧力を巧みに利用して、地方自治体に甘い蜜をちらつかせ、事業遂行のためには違法すれすれのかなり強引な手口を使うということは、多恵も漏れ聞いている。

企業、政治、行政、金融機関、老獪な彼らは見えない網を巧みに絞って、じわじわと弱者を追いつめていくのだ。

「そんな事情やったら、ブライダルどころやないのぉ」

「ご迷惑おかけしてすみません」

項垂れた多恵の肩を、上倉は体育会系の乗りでがしっと抱いた。

「謝るこたぁない。わしが心配しているのは珠州のことなんや。あいつ、それなら一刻も早く挙式しろと、客に迫りかねん」

彼女ならあり得ると、多恵は真顔で頷いた。
何せ男勝りの熱血漢で、米国本社採用と思い上がっていた多恵も、「理論より現実を知れ!」とあちこちリサーチに飛ばされた。よく食べ、よく笑い、よく怒り、上倉と二人して大酒飲みだから、まるで部活のような毎日だった。

思い返してみれば、多恵はよい上司ではなかった。
過程よりも成果がすべて、いつも時間に汲汲として、人を育てるどころか、部下など仕事のツールとしか考えていなかった。
だから、寛容なふりをして、実は能力のない者を見下していたし、使えない部下は見限っていた。

己の武勲のために他人が汗血を流すことに卑しさを感じないのは、血統なのか。
今、カンナビという〝土地〞に執着するのも、領地こそが命とした先祖のDNAのせいかもしれない。

「松苗を知ってるやろう?」

唐突な問いに、多恵は上倉の顔を見上げた。

「珠州さんのお兄さん?」

「奴に相談してみろ。なかなか強い弁護士事務所や。と言うても、あちらさんには悪名高き顧問弁護士団がついとるから、勝ち目は薄い。勝ち目は薄いが、それでも泣き寝入りはすな。闘わずして諦めるのは、D女らしない。駄目元上等! わしらもできる限りのことは協力するさかい」

「ありがとうございます……」

現実に打ちのめされたときこそ、しみじみと人情の温かさを知る。
涙に負けそうになる多恵の背を、上倉はバシッと叩いた。

「元気出せぇ! ユキも一人でようがんばっとる。落ち着いたら、また南のパラダイスに連れてってやるさかい」

「前みたいな無人島はいやですよ」

「あほ~、あれこそが究極のリゾートやないかい」

顔を見合わせ笑い合った多恵は、ふと人影を感じて目を転じた。

パームツリーの木陰に、切なげに見つめる玲丞の姿があった。
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