ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ？

6 『麻里奈は死んだと、あんたに言ったんだろう？』

その晩、フェルカドに現れたのはカオルひとりだった。
賑やかな祝宴も散会し、ちょうど水平線に夕陽が落ちる時刻で、晩夏らしい夕色の海を見つめる横顔が、心なしか寂しげに見えた。

玲丞はどうしたのだろう。

さっきとても傷ついた顔をしていたし、何かあったのかしら？
別に心配する筋合いはないのだけれど。

「本日のメインは、地鶏のコンフィですから、オー・メドックのシャトー・ペイラボンなどいかがでしょうか？」

「玲は出かけたわ」

ワインリストを眺める真っ赤なチャイナドレスの胸は、なるほど平たい。髪はツインテールの黒髪。こちらが地毛のようだから、あの金髪はウイッグだったのか。どうして今まで気づかなかったのだろう。

そういえば、まともに顔を見ていなかった。私情に流されていたと、認めざるを得ない。

「今夜は遅くなりそうねぇ」

「白でしたら、フェーブルのシャブリ・グラン・クリュがよろしいかと──」

「どこへ行ったか気にならないの？」

「ぜんっぜん」

「かわいげのない女」

リストに向けたままの顔が、からかうようにフッフと笑った。

「では、お決まりになりましたらお呼びください」

カオルは、踵を返した多恵の行く手をワインリストで通せんぼして、他の客に聞かせるように声を大きくした。

「何よぉ。おかまの話相手はできないのぉ？」

「カオル様」

多恵は声を潜めて窘めた。ディナーには早い時刻で、客はまだ少ない、けれど。

「お話相手が御入り用でしたら、ご相席可能な方をご紹介いたしましょうか？」

「まあ、生意気ね！　メドックでいいわよ」

「畏まりました」

「ね〜ぇ、幸村さぁん」

背中を向けたまま、多恵は目を瞑って鼻から大きく息を吐いた。それでも笑顔を繕って振り返る。

指先で横髪を弄ぶカオルの背後で、小さくなったオレンジの光が、海の涯てに吸い込まれていった。