ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「な、何でしょうか?」

ジッと見つめる視線が怖い。仰け反る多恵にカオルは低い声で言った。

「麻里奈は死んだと、玲は言ったんだね?」

「いえ……あの……」

「麻里奈は死んだと、あんたに言ったんだろう?」

険しい声に、多恵は声を呑んだ。カオルの目がじりじりと迫ってくる。

「姫様!」

チッと舌打ちして、カオルの手が解けた。

弾かれるように魔手から逃げ出した多恵は、その力で猛突進してくる伊佐山の胸を押し戻した。
背後では、瞳を輝かせた秋葉が止めに入った純平を鮮やかなフットワークでかわし、紗季が見事なボディーブローで床に沈めている。

「いけない、シェフ」

伊佐山は怒りで熱くなった腕で、多恵を自分の背に廻した。
こんなことで神の手を穢されてはならない。多恵は必死にその腕にしがみついた。

「やめなさい!」

多恵の一喝に、すべての動きが止まった。
伊佐山は電池の切れたロボットのように静止し、秋葉と紗季はお玉とめん棒を振りかざしたまま顔を見合わせている。

多恵は呼吸を整えると、深々と頭を下げた。

「お騒がせして申し訳ございません。大変失礼をいたしました」

伊佐山の腕を引っ張って廻れ右をした多恵の背に、カオルの哀しげな呟きが届いた。

「麻里奈は死んじゃいない……」と。
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