ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「多恵」

夢の向こうで声がした。

眠い目を開けると、枕元に雪だるまがいた。

「おはよう」

グリンピースの瞳にパプリカの口、パセリのカーリーヘアの雪だるまが、ちょこんと会釈した。シメジの腕が片方、ポロリと落ちた。

多恵は再び目を閉じ口元だけで笑った。

「雪?」

「うん、森が真っ白だ。日曜日でよかったね」

玲丞はベッドの端に腰掛けて、小皿に載せた雪だるまをナイトテーブルの上に飾っている。

寒い朝だ。
玲丞が森の冷気まで運んできたのか、多恵は身震いしながら羽毛布団を肩口まで引き上げた。
追いかけるように濡れた掌が頬を挟む。

「冷たい!」

「だから温めて」

布団を持ち上げて、玲丞は吹き出した。
多恵にくっついて丸くなって眠っていたはなが、迷惑そうな半目を開けてにゃ~と鳴いた。

「こいつ、油断も隙もないな」

強引に体を潜り込ませる男に、仕方のない奴だと、はなはのそのそと布団から這い出て行く。

「あ~、あったかい」

「バカね、こんなに冷たくなって」

多恵は、子どものように抱きつく玲丞の少し湿った背中をさすった。朝から無邪気に雪遊びでもしてきたのだろうか。

「そんなに雪が好き?」

「……怖いんだ。雪の朝が……」

くぐもった声で彼が言った。

「怖い?」

「……寝ている間に、雪がすべてを消してしまいそうで……」

多恵は、雪の女王に怯える幼子を励ますように、凍った髪を撫でた。

「大丈夫。世界中が雪に覆われても、雪の下では生命がちゃんと育まれていて、春が来ればまた新しい芽が息吹くから」

窓の外は雪の白さで仄明るい。確かに色も音も時さえも、呑み込んでゆきそうだ。

抱き合いながら玲丞は唇を寄せた。心まで凍りつきそうな冷たい唇だった。

キスの相手は雪だるまに代わり、その瞳から雪の結晶を多恵の頬に落とした。

冷たさに目を覚ました多恵は、瞼に手をやった。

──なぜ、昔の夢なんか……。

そう思ったとたん、涙が止めどなく零れた。
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