ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「どうでした?」

結果を急かす菜々緒に、レセプションカウンターの定位置に向かう本多は、流石に参ったという顔をした。

「今度はマルゴーをご注文されました。GMは一日お留守だと申し上げたのですが、明日になっても構わないからと」

「粘りますねぇ」

う~んと、本多は苦笑った。
事実、多恵はのっぴきならぬ用件で街へ出ている。今晩の当直に備えてそのまま帰宅すると聞いていた。多恵にしては珍しいことだが、相当な心労が溜まっているのだろう。

「ともかく、GMとふたりきりになることがないように、こちらで配慮しましょう」

菜々緒は拳を口元に考え込んだ。
昨夜、フェルカドでカオルが多恵にからんだと聞いたし、やはりあのふたりは付き合っていたのだと思う。玲丞がバイセクシャルだと知って、多恵の方が手を切ったのか、別れ方が悪かったのだろう。

しかし、逃げるから男は追う。そのうち諦めるだろうなどとかわし続けていたら、相手が行動をエスカレートさせて、痛い目に遭うこともある。

「逆に、話し合いの場を設けて差し上げたらいかがでしょう? どなたか立会人を入れて──」

「それは困る!」

珍しく本多が声を荒げたので、菜々緒は目をぱちくりさせた。

実のところ本多は、多恵と玲丞の関係を察していた。
長年フロント・マネージャを務めていれば、一見しただけでゲストの素性や事情が掴めるようになるものだ。

ふたりの間にいかな経緯があったのかは知らないが、おそらく玲丞は多恵を連れ戻しにやって来たのだ。

予約時には一名と聞いていたから、カオルは直前に便乗したのだろう。
阻止したいのか、ただの野次馬か、彼の目的はさすがに不明だが、今のところいい働きをしてくれている。多恵にも未練が残っている様子だからだ。

今、多恵という一等星を失えば、ホテルは機能しなくなる。
崖っぷちのポラリスを支えているのは、紛れもなく彼女なのだから。

「何? GMがどうしたって?」

本多と菜々緒は肩越しにギョッとした顔を振り向けた。
背後のオフィスから、航太がぬっと顔を出していた。
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