ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

2 『彼はまだあの白い雪のなかに立ち尽くしているのよ』

GMは忙しい。
UVカットの長袖に長ズボン、フード付き帽子という重装備で、農婦も顔負けに炎天下で雑草抜きをしているのが、よもやゼネラルマネージャだとは思わないだろう。

こんなことは序の口で、芝刈りもすればルームメイキングもする。
多恵ばかりではない。パブリックスペースの清掃は菜々緒、外回りの掃除は大和、プールの管理は航太、温泉とスパは貴衣、施設の保守は本多の担当だ。その他諸々、みなそれぞれに足りない手を補ってきた。

「すもももももももものうち、すももももももももももも?」

カゴいっぱいのスモモを抱え、大和が上機嫌に歩いてゆく。きっとまた、紗季から収穫を命じられた純平に、うまいこと押し付けられたのだろう。

厨房は毎日戦場だし、本人が楽しそうだから、とやかく言うつもりはないけれど、頼まれたら何でも気前よく引き受けてしまって、相手を疑うことをしないから、いつか騙されやしないかと、彼の今後が心配になる。
世の中、ポラリスのスタッフたちのように気の良い人間ばかりではないのだから。

多恵は力任せに雑草をむしり取った。

昨日開かれた臨時取締役会で、ポラリスの進路は決定的になった。すでに水野によって売却へ向けた手順が用意周到に整えられていて、多恵を憚って誰も口にこそしないけれど、結論は出ている。

ここまでか。

問題は、従業員たちの身の振り方だ。

いま、ポラリスに残っているのは、泥舟から逃げ遅れた要領の悪い者と、多恵が新たに採用したわけあり組。能力はあっても使い方が難しく、最終的にポラリスのような吹き溜まりに流れ着いた者たちだ。
このご時世、再就職は甘くない。

──やっぱり、それしかない。

「ユ・キ・ム・ラさん」

引っこ抜こうとした草から手が滑って、多恵は勢い余って尻餅をついた。

尻の土を叩き、軍手を外し、その間に気持ちを切り替え整える。
立ち上がり振り返った多恵は、思わず「ゲッ!」っと声が飛び出しそうになった。

パニエで膨らませた黒いワンピース、頭にはボンネット、度肝を抜くゴシック&ロリータファッションの巨大なビスクドールが、目の前に立っていた。
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