こじらせハイスペ御曹司に、プロポーズ(!?)されました
9話 気づき始めた想い
〇宝山学園高等学校・美術実習室
数日後。
授業中の風景。
絵を描いていた咲良が、ちらっと向かいの席を見る。
いつも游がいるその場所に、今日は誰もいない。
スマホのメッセージのやり取り画面。相手は『游』。
咲良からのメッセージが続き、游の方は未読のまま。
『三日休んでるみたいだけど、どうしたの?』
『私に負けるのが怖くて逃げ出した?』
『なんてね』
『本当に大丈夫?』
と、咲良のメッセージが続いている。
先生から隠れるようにしてスマホを手にしながら、その画面を見ている咲良。
不安そうな顔。
〇宝山家・外観(夕方)
日本庭園がありそうな立派な外観。
ピンポーンと、呼び鈴が鳴り響く音。
〇同・玄関(夕方)
お手伝いさん(50代女性)がドアを開けると、緊張した面持ちで咲良が立っている。
咲良「初めまして、桜庭咲良と申します」
お手伝いさん「あらあら。お噂はかねがね」
咲良「游さん、どうされているかと思いまして……」
〇同・游の部屋(夕方)
ベッドに横になっている游。
熱を冷ますシートを額に張り、眠っている様子。
その顔を、控えめに覗き込んでいる咲良。
咲良「游……? 大丈夫?」
が、游は眠っている。
咲良「……」
所在なげに、咲良はちらっと辺りに視線を振る。
咲良(緊張する……)
(男子の部屋って、初めて入るし……)
すると、壁に貼ってある、いつか游に盗まれた自分の絵が目に入る。
咲良「! あれ……」
咲良「もしかして、前游に盗られたやつ……?」
咲良(信じられない……)
(まだ持ってたなんて……)
咲良、切なげな顔で游を見る。
〇回想 高層ビルの屋上(夕方)
游「あの頃から……ずっと見ていたんだ、咲良のこと」
× × ×
游「咲良が描く絵や、描いている幸せそうな姿が、すごく好きで……」
游「咲良のことが、好きだから……」
〇回想ここまで
きゅんと、胸が疼くのを感じる。
そっと、游の頬に手を伸ばそうとした時……
すっと扉が開き、お手伝いさんが顔を覗かせる。
ビクッとして慌てて手を引っ込める咲良。
お手伝いさん「(小さな声で)咲良さん、お願いしてもいいですか?」
咲良「は、はい?」
お手伝いさん「(小さな声で)婚約者にお世話された方が、游さんも嬉しいでしょ」
と、悪戯っぽくおほほと笑って、水やおしぼりの乗ったお盆を咲良に渡すお手伝いさん。
咲良(そっか。私、この家ではまだ婚約者なんだ)
咲良「……わかりました」
お手伝いさん、出ていく。
目を閉じたまま肩で息をしている游。
咲良「お水、飲めるかな……」
水差しを手にして、もう片手で游の肩辺りに触れた時…
熱にうなされている游の手が、咲良の手を掴む。
咲良「!?」
游「さ…くら……」
うっすらと目を開け、熱に浮かされるように名前を口にする游。
咲良「……あ、うん」
咲良「お見舞いに、来たよ」
驚き、游を見つめてしまう咲良。
游「……」
游はまた、目を閉じてしまう。すー、すー、と寝息。
咲良(かなり、辛そうだな……)
額のシートをはがそうと、游に繋がれたままの手を外そうとするが、ぎゅっと握られていて外れない。
咲良(すごい力……)
仕方なく、片手でそーっと額に貼られたシートをはがしていく。
至近距離で見つめているため、思わず頬を染める咲良。
咲良(肌、綺麗……)
咲良(まつ毛も、長いな……)
なんとか片手で新しいシートを用意し、游の額に貼り直す。
游「ん……」
ビクッと游が動くが、目を覚ますこともなく。
手も握られたまま……。
咲良(どうしよ……)
すやすやと眠る游の顔を見て、微笑む咲良。
咲良(ま、いいか……)
× × ×
太陽が西の空に隠れる頃――。
いつの間にか、うとうとしてしまっていた咲良。
ふと目を覚ます。
すると、目の前に游の顔が飛び込んでくる。
游がベッドに横になり、咲良は游と手を繋いだままベッドにもたれかかる姿勢。
游もうっすらと目を開け、咲良を見ていた。
游「……咲良?」
咲良「あ、おはよ」
咲良(いけない、うとうとしてた!)
繋いだままだった手を離し、慌てて近くの時計を見る。
咲良(よかった、ギリまだ夕方)
咲良は游の熱を測る。
咲良「体調、どう?」
游「……だいぶ、楽になった」
游「なんで、ここに?」
咲良「お見舞い」
咲良「全然、返信くれないから」
游「……連絡くれてたのか? 気づかなかった」
咲良「ずっと寝てたの?」
游「いや……」
游「宝山祭の絵を、何度も描き直してた」
ピピっと体温計が鳴る。
咲良「(体温計を見て)よかった、下がってる」
咲良「で、描けたの?」
游「……いや。また、塗りつぶした」
咲良「え……」
游が、視線を壁に向ける。
游「『家族』……」
咲良も、そちらに目を向ける。
そこには、咲良の絵が飾られている。
游「俺の中での『家族』が、あの絵の中にしかなかったから……」
游「好きだったんだ。あの絵。すごく」
咲良「……そう、なの?」
咲良「てっきり、嫌がらせで盗まれたんだとばかり……」
游「この絵が好きすぎて……」
游「これ以上の『家族』を、俺は描けないと思ってしまった」
咲良(そうだったんだ……)
咲良「嬉しいけど……でも、どういうこと?」
咲良「これまで、游が描けない絵なんてなかったじゃない」
言おうか迷った間の後で……
ぽつりと游が口を開く。
游「俺が生まれた日、母親が死んだ」
咲良「!」
游「お父様は悲しみを癒すように仕事に明け暮れて、俺のことはいろんな大人がかわるがわる面倒を見てくれた」
游「だから、俺には『家族』ってものが存在しなかった……」
游「この絵を、見るまでは……」
〇回想・姫川絵画教室
『家族 桜庭咲良』というプレート。
そこには、あの絵が飾られている。
それを、はっとした顔で見ている游(8)。
游の頭の中に、自分と、省三と、芽衣子が手を繋いで歩いている姿が浮かぶ。
目を輝かせ、食い入るように絵を見ている游。
思わず手を伸ばし、その絵を壁から剥がしてしまう。
そして走って立ち去る游。
〇回想ここまで
〇游の部屋(夜)
申し訳なさそうに、あの頃のことを語る游。
游「衝動的なものだった」
游「頭に浮かんだあの幸せなイメージを、俺のものにしたいって思った」
咲良(てっきり、イジワルで盗んだんだと思ってた)
咲良(游が、そんな気持ちでこの絵を手にしてたなんて)
游「その絵……持って帰ってくれないか?」
游「いつまでたっても、宝山祭の絵が進みそうになくて」
と、苦笑する游。
咲良「……游に、持っててほしい」
游「え……」
咲良「あの時は、お父さんが死んだばかりで、私はもうこの絵は見たくなかった」
咲良「お父さんが生きていて、幸せな頃に描いた絵だったから」
咲良「今は、もう見たくないなんて思わないけど……」
咲良「だけど、游にちゃんともらってほしい」
游「けど……」
咲良「この絵があったって、游なら、游らしい『家族』の絵を描けるよ!」
咲良「だって、游の絵は繊細で優しくて、いい絵描いてるなっていつも思ってたんだもん!」
咲良「悔しいけど……私も、游の絵が好きだったの」
〇回想・姫川絵画教室
咲良(8)、繊細な游の風景画をじっと見ている。
咲良(イジワルだけど……)
(こんな綺麗な絵が描ける游はきっと、繊細で、それほど悪い奴じゃないんじゃないかって)
(絵の向こうに、本当の游が見える気がして……)
〇回想ここまで
咲良「だから、自分を信じてよ」
咲良「游なら、きっとできるから」
游の手を、思わず包み込む。
自分の行動に、思わず「あっ」という顔の咲良。
咲良、慌てて手を離そうとするが。
游が咲良の手を握り直して、自分の方へと引っ張る。
そして咲良を、腕の中へとしっかりと抱きしめる。
游「……ありがとう」
游「咲良」
そっと近づく唇。
游「……大好きだ」
ドキドキと、咲良の鼓動が響く。
咲良はそっと目を閉じて……
二人の唇が重なった。
咲良(あの頃から嫌なヤツで)
咲良(私にとって、最悪で最高のライバルで)
咲良(常に、頭の片隅にアイツの存在があって……)
咲良(大嫌いだったはずだし)
咲良(結婚もしないって決めたはずなのに)
咲良(おかしいな私)
咲良(この気持ちって……)
咲良(やっぱり――)
数日後。
授業中の風景。
絵を描いていた咲良が、ちらっと向かいの席を見る。
いつも游がいるその場所に、今日は誰もいない。
スマホのメッセージのやり取り画面。相手は『游』。
咲良からのメッセージが続き、游の方は未読のまま。
『三日休んでるみたいだけど、どうしたの?』
『私に負けるのが怖くて逃げ出した?』
『なんてね』
『本当に大丈夫?』
と、咲良のメッセージが続いている。
先生から隠れるようにしてスマホを手にしながら、その画面を見ている咲良。
不安そうな顔。
〇宝山家・外観(夕方)
日本庭園がありそうな立派な外観。
ピンポーンと、呼び鈴が鳴り響く音。
〇同・玄関(夕方)
お手伝いさん(50代女性)がドアを開けると、緊張した面持ちで咲良が立っている。
咲良「初めまして、桜庭咲良と申します」
お手伝いさん「あらあら。お噂はかねがね」
咲良「游さん、どうされているかと思いまして……」
〇同・游の部屋(夕方)
ベッドに横になっている游。
熱を冷ますシートを額に張り、眠っている様子。
その顔を、控えめに覗き込んでいる咲良。
咲良「游……? 大丈夫?」
が、游は眠っている。
咲良「……」
所在なげに、咲良はちらっと辺りに視線を振る。
咲良(緊張する……)
(男子の部屋って、初めて入るし……)
すると、壁に貼ってある、いつか游に盗まれた自分の絵が目に入る。
咲良「! あれ……」
咲良「もしかして、前游に盗られたやつ……?」
咲良(信じられない……)
(まだ持ってたなんて……)
咲良、切なげな顔で游を見る。
〇回想 高層ビルの屋上(夕方)
游「あの頃から……ずっと見ていたんだ、咲良のこと」
× × ×
游「咲良が描く絵や、描いている幸せそうな姿が、すごく好きで……」
游「咲良のことが、好きだから……」
〇回想ここまで
きゅんと、胸が疼くのを感じる。
そっと、游の頬に手を伸ばそうとした時……
すっと扉が開き、お手伝いさんが顔を覗かせる。
ビクッとして慌てて手を引っ込める咲良。
お手伝いさん「(小さな声で)咲良さん、お願いしてもいいですか?」
咲良「は、はい?」
お手伝いさん「(小さな声で)婚約者にお世話された方が、游さんも嬉しいでしょ」
と、悪戯っぽくおほほと笑って、水やおしぼりの乗ったお盆を咲良に渡すお手伝いさん。
咲良(そっか。私、この家ではまだ婚約者なんだ)
咲良「……わかりました」
お手伝いさん、出ていく。
目を閉じたまま肩で息をしている游。
咲良「お水、飲めるかな……」
水差しを手にして、もう片手で游の肩辺りに触れた時…
熱にうなされている游の手が、咲良の手を掴む。
咲良「!?」
游「さ…くら……」
うっすらと目を開け、熱に浮かされるように名前を口にする游。
咲良「……あ、うん」
咲良「お見舞いに、来たよ」
驚き、游を見つめてしまう咲良。
游「……」
游はまた、目を閉じてしまう。すー、すー、と寝息。
咲良(かなり、辛そうだな……)
額のシートをはがそうと、游に繋がれたままの手を外そうとするが、ぎゅっと握られていて外れない。
咲良(すごい力……)
仕方なく、片手でそーっと額に貼られたシートをはがしていく。
至近距離で見つめているため、思わず頬を染める咲良。
咲良(肌、綺麗……)
咲良(まつ毛も、長いな……)
なんとか片手で新しいシートを用意し、游の額に貼り直す。
游「ん……」
ビクッと游が動くが、目を覚ますこともなく。
手も握られたまま……。
咲良(どうしよ……)
すやすやと眠る游の顔を見て、微笑む咲良。
咲良(ま、いいか……)
× × ×
太陽が西の空に隠れる頃――。
いつの間にか、うとうとしてしまっていた咲良。
ふと目を覚ます。
すると、目の前に游の顔が飛び込んでくる。
游がベッドに横になり、咲良は游と手を繋いだままベッドにもたれかかる姿勢。
游もうっすらと目を開け、咲良を見ていた。
游「……咲良?」
咲良「あ、おはよ」
咲良(いけない、うとうとしてた!)
繋いだままだった手を離し、慌てて近くの時計を見る。
咲良(よかった、ギリまだ夕方)
咲良は游の熱を測る。
咲良「体調、どう?」
游「……だいぶ、楽になった」
游「なんで、ここに?」
咲良「お見舞い」
咲良「全然、返信くれないから」
游「……連絡くれてたのか? 気づかなかった」
咲良「ずっと寝てたの?」
游「いや……」
游「宝山祭の絵を、何度も描き直してた」
ピピっと体温計が鳴る。
咲良「(体温計を見て)よかった、下がってる」
咲良「で、描けたの?」
游「……いや。また、塗りつぶした」
咲良「え……」
游が、視線を壁に向ける。
游「『家族』……」
咲良も、そちらに目を向ける。
そこには、咲良の絵が飾られている。
游「俺の中での『家族』が、あの絵の中にしかなかったから……」
游「好きだったんだ。あの絵。すごく」
咲良「……そう、なの?」
咲良「てっきり、嫌がらせで盗まれたんだとばかり……」
游「この絵が好きすぎて……」
游「これ以上の『家族』を、俺は描けないと思ってしまった」
咲良(そうだったんだ……)
咲良「嬉しいけど……でも、どういうこと?」
咲良「これまで、游が描けない絵なんてなかったじゃない」
言おうか迷った間の後で……
ぽつりと游が口を開く。
游「俺が生まれた日、母親が死んだ」
咲良「!」
游「お父様は悲しみを癒すように仕事に明け暮れて、俺のことはいろんな大人がかわるがわる面倒を見てくれた」
游「だから、俺には『家族』ってものが存在しなかった……」
游「この絵を、見るまでは……」
〇回想・姫川絵画教室
『家族 桜庭咲良』というプレート。
そこには、あの絵が飾られている。
それを、はっとした顔で見ている游(8)。
游の頭の中に、自分と、省三と、芽衣子が手を繋いで歩いている姿が浮かぶ。
目を輝かせ、食い入るように絵を見ている游。
思わず手を伸ばし、その絵を壁から剥がしてしまう。
そして走って立ち去る游。
〇回想ここまで
〇游の部屋(夜)
申し訳なさそうに、あの頃のことを語る游。
游「衝動的なものだった」
游「頭に浮かんだあの幸せなイメージを、俺のものにしたいって思った」
咲良(てっきり、イジワルで盗んだんだと思ってた)
咲良(游が、そんな気持ちでこの絵を手にしてたなんて)
游「その絵……持って帰ってくれないか?」
游「いつまでたっても、宝山祭の絵が進みそうになくて」
と、苦笑する游。
咲良「……游に、持っててほしい」
游「え……」
咲良「あの時は、お父さんが死んだばかりで、私はもうこの絵は見たくなかった」
咲良「お父さんが生きていて、幸せな頃に描いた絵だったから」
咲良「今は、もう見たくないなんて思わないけど……」
咲良「だけど、游にちゃんともらってほしい」
游「けど……」
咲良「この絵があったって、游なら、游らしい『家族』の絵を描けるよ!」
咲良「だって、游の絵は繊細で優しくて、いい絵描いてるなっていつも思ってたんだもん!」
咲良「悔しいけど……私も、游の絵が好きだったの」
〇回想・姫川絵画教室
咲良(8)、繊細な游の風景画をじっと見ている。
咲良(イジワルだけど……)
(こんな綺麗な絵が描ける游はきっと、繊細で、それほど悪い奴じゃないんじゃないかって)
(絵の向こうに、本当の游が見える気がして……)
〇回想ここまで
咲良「だから、自分を信じてよ」
咲良「游なら、きっとできるから」
游の手を、思わず包み込む。
自分の行動に、思わず「あっ」という顔の咲良。
咲良、慌てて手を離そうとするが。
游が咲良の手を握り直して、自分の方へと引っ張る。
そして咲良を、腕の中へとしっかりと抱きしめる。
游「……ありがとう」
游「咲良」
そっと近づく唇。
游「……大好きだ」
ドキドキと、咲良の鼓動が響く。
咲良はそっと目を閉じて……
二人の唇が重なった。
咲良(あの頃から嫌なヤツで)
咲良(私にとって、最悪で最高のライバルで)
咲良(常に、頭の片隅にアイツの存在があって……)
咲良(大嫌いだったはずだし)
咲良(結婚もしないって決めたはずなのに)
咲良(おかしいな私)
咲良(この気持ちって……)
咲良(やっぱり――)