使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後
 目を逸らしていると、クリオが近づいて来る気配がした。私たちは乙女ゲームのヒロインと悪役令嬢。
 思わず体が強張った。

「向こうに行ったら、絶対に幸せになれますから、だから……!」

 何を言っているの? と思っていると、突然、一通の手紙を差し出された。
 それも、好きな人にラブレターを指し出すようにぷるぷると震えながら、両手で差し出し、頭まで下げる始末。ヒロインが悪役令嬢にする姿ではない。
 どちらかというと、ヒーローに。そう、クリオの隣にいるじゃない。

 私は思わずエリクセン殿下を見た。すると、受け取ってやってくれ、とでもいうように苦笑いされてしまった。
 私は戸惑いつつも受け取り、中を開けようとするが、クリオに手で遮られてしまう。

「あっ、ダメです! この手紙は、その全てが終えた時に読んでもらいたいんです」
「全て?」
「はい。ですから、道中読むことも、到着してすぐに読むことも、しないでもらえませんか?」

 意味は分からないが、クリオの言うことだ。この世界『今宵の月は美しい?』のヒロインの意思を無視することは、危険なことのように思えて、私はそっと鞄の中に仕舞った。

「分かったわ。どの道、向こうでの生活に慣れることにいっぱいいっぱいになりそうだから、逆に忘れてしまったらごめんなさいね」

 私の失敗談あるあるだった。一つのことに集中すると、他が疎かになってしまう。最悪、忘れてしまうことも。

「いいえ。むしろ、その方がいいのかもしれません。アベリア様にとっても」

 手を握られ、「幸せになってください」とまで言われて、私はさらに戸惑った。

 けれど、更なる戸惑いが、この後、待ち受けていたとは夢にも思わなかった。
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