朝方の婚約破棄 ~寝起きが悪いせいで偏屈な辺境伯に嫁ぎます!?~
 そのようなやり取りを続けること一週間。

 婚約者、というより喧嘩友達のような関係が、私たちの間に出来上がりつつあった。
 それでいいのだろうか、と思ってしまうくらい、とても心地よい関係。けれど、アリスター様の本心は、未だ見えなかった。

 大事にされているようにも感じるし、好意だって……。でも、まだよく分からない。

 年齢が離れているせいなのか。私が鈍感なのか。ただ、からかう相手が欲しいという、子どもじみた感情のようにも思えてならなかった。

 そんな私の想いとは裏腹に、時は無情にも流れていく。一日、一日と静かに。見えない速さで、あっという間に過ぎ去る。
 一週間という旅路が、いかに充実していたのか。それを示しているようでムズ痒くもあった。

 まだ旅を続けたい。続けていたい、と思えるほど、アリスター様にも旅にも慣れ親しんでいたのだろう。
 けれど、そうも言ってはいられない。目の前に(そび)え立つ、城を見てしまったのだから。

 そう、私たちは予定通り、エヴァレット辺境伯領に辿り着いていた。

「ここが……」
「あぁ。国境の要である、エヴァレット辺境伯領最大の要塞にして、居城。ガーラナウム城だ」

 道中、アリスター様から小出しに聞いた情報を脳裏に浮かべる。

『ガーラナウム城は岩壁の上に建てられた城なんだ。敵が来ない間は見晴らしがいい。展望台からは領地を一望できるほどに、な』

 確かに、領地に入った途端、ほとんどが坂道と言っても過言ではなかった。思わず、馬を心配してしまうほどに。

『それ用に連れて来ているから問題はない。ほら、見ろ。騎士たちを乗せている馬に、疲労の色が見えるか? どいつもこいつも、領地で育った馬だ。このくらいこなせなくては、国境すら守ることはできない』

 そう、自慢気に言うアリスター様は、まるで子どものようだった。私の方がずっと年下なのに。だからなのか、つられて私まで嬉しくなってしまったのを覚えている。

 それなのに、ガーラナウム城を前にしたアリスター様は、どこか緊張した面持ちになっていた。

 何故?

 噂では、一年のほとんどを、この辺境の地で過ごされている、とか。それを裏付けるように、エヴァレット辺境伯領の話を、楽しそうにされていたというのに。

 嬉しくないのかしら。

「アリスター様?」

 そっと腕に触れる。と同時に強風が吹き、少しだけ体がアリスター様の方に傾いた。

「あっ、すまない。ちょっと感慨に耽ってしまってな」
「それほど城を開けていたのですか?」
「いや、そうではない。十三年の年月を振り返ってしまっただけだ」
「十三年?」

 一体どこからそんな数字が……? いや、そもそも辻褄が合わない。
 確かに今回の出来事を考えれば、首都にいた月日は長いのかもしれない。領地にいた年月から比べたら、尚更だ。

 それを差し引いたとしても、十三年はあまりにもおかしい。
 アリスター様の年齢は二十六歳だ。十三年前と言えども、物思いに(ふけ)るほどの年齢とは思えなかった。

 けれどアリスター様の表情を見ると、否定し辛い。
 一体、十三年前に何があったんだろう。そう尋ねたくて仕方がなかった。

 それが顔に出ていたらしい。突然アリスター様に頭を撫でられた。この一週間で何度もされていた行為なだけに、私ももう何も言う気にはなれなかった。

 髪型を崩さない程度のやんわりとした、優しい手つき。
 最初は子ども扱いされているのでは? と疑いもしたが、アリスター様の眼差しは違うものだった。

 契約結婚を持ちかけてきたのはそっちなのに、目を細められて、まるで愛おしげに見つめてくる。

『エヴァレット辺境伯領に来るんだな。そうすれば自ずと分かる』

 これが答えなのですか?

 二つの疑問に(さいな)まれていると、一人の青年が近づいてきた。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 恭しく出迎える姿はまるで家令のようだった。しかし背恰好や見た目は、アリスター様とさほど変わらない。家令というより、従者かと思うほど若かった。
 けれど彼の後ろには、多くの使用人たちが控えている。

 アリスター様は彼らを見ながら、青年に話しかけた。

「変わりはないか」
「はい、と答えたいところですが、山程ありますよ。その最大の原因を作ったのはご主人様なのですから、分かっていただけるかと思います」
「相変わらずの減らず口だな。メイベル嬢がいるんだぞ。ここは主人の顔を立てるとか。そんな配慮くらい見せたらどうだ」

 えっ!? 私のせいでこの人、怒られてしまうの?

「あ、あの。私のことは――……」
「奥様になられる方だからこそ、是非このような姿を見てほしい、と願う私たちの気持ちを汲んでいただくのもまた、主人の努めではありませんか?」

 お、奥様……!

 ここに来た目的でもあり、当たり前のことなのに、そう言われると顔が熱くなった。

「ご主人様の言う通り、可愛らしい方ですね」
「あ、ありがとうございます」
「こら、勝手に話しかけるな、ダリル」
「申し訳ありません。それと自己紹介がまだでしたね。(わたくし)、ダリル・アディソンと申します。以後、お見知りおきを」

 アリスター様に言われても、どこ行く風のダリル。頼もしいと感じるけれど、ガーラナウム城の使用人たちは皆、こうなのだろうか、と一抹の不安を抱いた。
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