朝方の婚約破棄 ~寝起きが悪いせいで偏屈な辺境伯に嫁ぎます!?~
 憶えていないという不安が募れば募るほど、よくないことを引き寄せて来るらしい。

 結婚式から一週間ほど経った頃。
 ガーラナウム城を歩いていると、ふと使用人たちの視線が気になり始めた。

 エヴァレット辺境伯領に来た当初は、アリスター様の婚約者ということのもあって、品定めをするかのような、無粋な視線を多く浴びていた。
 さらにヒソヒソと、遠巻きに囁かれていたり、避けられたりすることなど、日常茶飯事。

 けれどそれは、私が首都から来たことや、公爵令嬢という肩書きがあったから仕方のないことだった。もしも逆の立場だったら、きっと私も同じことをしていただろう。

 幼い時に発覚したお父様の浮気がそうだ。
 もしも、お母様が出て行き、お父様が強引にも浮気相手を連れて来たとしたら。私はきっと、嫌がらせをしていたと思う。その前にお母様が撃退したけれど。

 たとえ話としては、ちょっと違うかもしれないが、自分たちのテリトリーに外部の者が入るという意味では同じことだ。
 自分たちの生活を侵害されるのは、誰だって拒否反応を示してしまうから。

 それに、アリスター様からも忠告を受けていたこともあって、別段、気にも留めていなかった。いちいち気にしていたら、身が持たないと思ったのだ。

 故に今も、私に慣れない使用人たちがいるのだと、この時は勝手に解釈していた。
 すぐに受け入れることはできない。私が彼らに対して思うように、彼らもまた、時間が必要なのだ。

 まさかそれが、こんな事態を招くなんて。あの時ちゃんと調べていれば、と後悔した。

「奥様、申し訳ありません。私がもっと気をつけていれば。もっと周りに目を向けていれば、ここまで噂が広まらずに済んだのに!」
「いいのよ、サミー。新人教育や私の世話で忙しくしていたのに、そっちまで気が回っていたら、逆に凄過ぎするわ。一生、頭が上がらないくらい。それにね。私にはアリスター様がいたけれど、サミーには……」

 誰もいない。そんな状況下で何ができるというのだろうか。

「頼れる人もいない。馴染みのない土地で、一番苦労をかけさせてしまったのだから、謝らないで」

 悪いのは全部、私なんだから。

「ですが、この噂は奥様だけでなく、ブレイズ公爵家も愚弄しています。私はそれが悔しいんです」
「確か『このままあの女を居座られていたら、こないだの惨状(さんじょう)が日常茶飯事になるかもしれない。まさに恐怖政治の始まりと言ってもいいほど。辺境伯様が不在になることが増えれば増えるほど、それは現実となるでしょう』だっけ」

 一応、噂と言っているが、演説みたいなものだ。誰の? それは……。

「はい。この耳と目で、シオドーラが言っているのを見ました」
「お母様の悪評は、ベルリカーク帝国に知れ渡っているからね。私の婚約破棄も、そろそろここにも届く頃合いだから、無理もない話だけど……」

 これで得をするのは、明らかにシオドーラだ。
 私はソファーに座りながら、サミーが入れてくれたお茶に、口をつける。

「でも許せません! こんなにもご主人様に大事にされているのに、仕える人間が蔑ろにするなんて、風上にも置けない行為です!」
「さ、サミー」

 一週間経った後でも、アリスター様は相変わらずだった。

 執務室で仕事をしていても、私が寝室と繋がっている部屋にいると、数時間置きに様子を見に来る。
 疲れを癒してほしいと、抱きついてくるのだ。偏屈と噂されていた人物とは、思えないくらいの甘えっぷりで。

 私も嬉しいから、つい許してしまうのだけれど。一応ダリルからは「十分、いえ五分以内には戻してください」と言われているため、無理やり背中を押す日々である。

 さらに夜は、その比ではない。毎晩……だと、本当に朝寝坊し放題になってしまうため、遠慮させてもらっているほど。
 けれどサミーは、それを物語る痕跡を知っているだけに、私は顔から火が出るほど恥ずかしくなった。

「それについては、俺の方からも謝ろう。管理不行き届きで、すまない」
「旦那様っ!」

 サミーと二人しかいなかった部屋に響いた声。私はすぐに、ソファーから立ち上がった。
 また、執務室から逃げてきたのだろうか。私がアリスター様に駆け寄ると、サミーが気配を消すように退室しようとした。

「サミーもここにいてくれ。そのことについて、対策を練りたいんだ」
「はい」
「対策って、この三人で、ですか?」
「いや、ダリルにも参加してもらうつもりだ」

 けれど姿は見えない。すると、扉がノックされた。アリスター様がサミーに目で合図をして、開けるように促す。現れたのは勿論……。

「ありがとう。折角なので、ケーキでも召し上がりながらにしましょうか」

 ダリルだった。それもワゴンと一緒に部屋の中へ。思わず、私とサミーは驚いた。

「確かに大袈裟な話ではないですが、ケーキを食べるほど呑気なものでもないと思うのですが」

 私の意見にサミーは頷きながら、それでもダリルの手伝いに走る。何せ、いくら私付きといっても、ガーラナウム城ではダリルの方が上だ。

 使用人を束ねる家令。
 彼の指示に従わなければ、輪を乱す行為と同じことなのだ。

「メイベルの急ぎたい気持ちも分かる。だが、先にダリルの報告を聞いてやってくれないか?」

 アリスター様は私の手を引き、ソファーに座らせる。どうやら、何か策があるようだった。

 考えてみると、バードランド皇子と結託をして、私を罠にかけた人物。いつまでもシオドーラの好きにさせておく人でもない。
 私は頷き、準備が整うまで待つことにした。
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