朝方の婚約破棄 ~寝起きが悪いせいで偏屈な辺境伯に嫁ぎます!?~
「ダリル。報告というのは、シオドーラの行動について?」
それとも、動機? どちらにせよ、シオドーラに関することでは同じ質問だった。
私は向かい側のソファーに座っているダリルを見据える。
サミーは、というと私の後ろで、事の成り行きを見守っていた。
ここには私とアリスター様、ダリルのみ。だからソファーに座ったとしても、それを咎める者は誰もいない。二人とも、ガーラナウム城でのサミーの働きを知っていたからだ。
私だけでなく、アリスター様も座るように促したのだが、今はプライベートな場ではないからと断られてしまった。
そういう一面を見ていると、ブレイズ公爵家のメイド、らしいと思う。お母様の影響を受けているせいか、皆、厳しいのだ。
「はい。その前に、シオドーラ・ケイスという女について、ご説明させてください」
「そうね。私は皇城で報告を受けたけれど、だいぶ前のことだし、サミーにも知っておいてもらいたいから」
「ありがとうございます。では改めて、シオドーラ・ケイスは、エヴァレット辺境伯の近隣で見つかった聖女です。認定したのは教会で――……」
「元は敬虔なシスターだったらしいわね」
お陰で能力の発現と共に、教会のお墨付きを得て、すぐに聖女になったんだそうだ。
そもそもベルリカーク帝国に聖女が現れるのは、数百年振りのこと。文献レベルの存在だった。
ほぼ伝説級の存在を、さらに聖女を崇めている教会から出たのだ。諸手を上げて喜ばれたことだろう。すぐに皇帝へ報告された。
目的は、バードランド皇子との結婚。シオドーラを通して、皇室と親密になろうと企んだのだろう。
しかし、皇后によって結ばれた私との婚約を無下にもできず、断った。ということまでしか、私は知らされていない。
役立たず、と教会からレッテルを貼られたシオドーラがその後、どうなったのかもまた……。けれど、紛いなりにも聖女だ。いくら教会でも、無下に扱ったわけではないだろう。
私の視線にダリルは頷くと、神妙な面持ちで話し始めた。
「一度は教会から祀り上げられたものの……まぁ、色々あったのでしょう。暇を貰った……いえ、聖女として人々を救う旅に出たシオドーラは、自分の力を必要としている場所。つまり、戦闘が多いこの国境にやって来たんです」
そうか。実績を積めば、皇帝も無下にできない。しかし、聖女を利用していると思われるのも、体裁が悪い。
教会の外に出し、うまく行けば御の字。悪く行けば知らぬ存ぜぬができるから。
そう、「聖女様は皆を救いたいと、我々がお止めする言葉も聞かずに行かれたのです」と言えばいいのだから。
少しだけ哀れに感じつつ、ダリルの説明に耳を傾けた。
「シオドーラの能力は、主に治癒。怪我を治し、病気を軽くすることまで。さらに結界を張り、避難民を誘導したり、魔物や魔法による攻撃を防いでくれたりしています」
「中身はあんなんだが、領民からの信頼は厚い」
「そのため、聖女とは思えない悪口が含んでいたとしても、悪人のようには見えないようなんです」
「なるほどね。もしかしたらその中には、シオドーラに治療された者もいたんじゃないかしら。ううん。むしろ、そういう人たちから噂を流したと思うべきね、これは。彼らは疑うことすらしないでしょうから」
シオドーラの信奉者であるが故に。
「実に、元シスターらしい行動を取っている、といっても過言じゃない」
「そうですね。彼女が教会を出されたのは、恐らく私が原因ですから。余計に恨みがあるのかもしれません」
「奥様。それは違うと思います」
「え? でも、根本はそうでしょう?」
アリスター様のこともあるんだろうけど。
しかし、ダリルは首を横に振った。
「ご主人様のどこを気に入ったのか、シオドーラはご執心なんですよ。だから奥様を目の敵にしているだけです」
「ダリル。安心して。実際、旦那様へアプローチのような発言や行動は目にしていたから大丈夫。あと、露骨ではなかったけれど、私のことが気に食わない、と節々に言っていたしね」
「さすがは奥様。極力接点を作らないようにしていたのに、あの僅かな邂逅で理解されるとは。やはり教え甲斐がありますね」
「ふふふっ。ありがとう」
実は、結婚式を終えると、すぐにダリルから兵法を学んでいた。公爵邸で私がお願いしたことを、アリスター様はちゃんと覚えていてくださったのだ。
けれどこれはいつ、ガーラナウム城で非常事態が起きてもいいようにするための準備でもある。女主人として、城を守るのは当たり前の行為だからだ。
とはいえ、家令であるダリルは、私と違い、忙しい身。勉強を見ている時間など、捻出するのは難しかった。
だから、アリスター様が執務室で仕事をしている時。さらに邪魔が入らないようにするために、と私室で受けていた。
けれど、それに不満を抱いている人物がいるのだ。それもすぐ近くに。
「メイベル」
アリスター様に腰を引かれた。
「今は勉強の時間じゃない。会議の最中だ」
「知っています。旦那様こそ、会議中なのですから、離してください」
「ダメだ」
それはコッチのセリフです。
拗ねるようにムスッとした表情の時は、何を言っても聞かない。気持ちが通じ合ってから、すぐに気がついたことだった。
けれど私も、諦めることを知らない女。トドメとも言える質問を投げかけた。
「でしたら、旦那様。失礼ですが、シオドーラに気に入られるような出来事を教えてください。初めてシオドーラに会った時から、親しげに話しかけられていましたよね。その理由を教えていただけたら、私もこのまま大人しくしています」
すると案の定、アリスター様が露骨に嫌な顔をした。
「あれは勝手にシオドーラがしているだけだ。メイベルまで疑うのか?」
「疑うも何も、事情を知りません!」
そもそも、どうやって知るというのだろうか。
結婚式まで慌ただしく、その後もなかなかガーラナウム城の散策もできないくらい、アリスター様の相手や勉強に励んでいたというのに。
「奥様。それについては本当なんです。領民や騎士団に煽られたらしくて。辺境伯夫人には自分が相応しいと勘違いして、ご主人様に馴れ馴れしくしてくるんですよ。私も再三、注意をしているんですが、あの通り聞く耳を持たず……」
「だから、メイベルの誤解なんだ。俺は何もしていない」
「ですが、旦那様なら何か策を弄せたのではありませんか?」
今のように、と追求すると、さらに顔を険しくした。何故?
「メイベル。これが最後の策なんだ」
「え?」
「これまでも何度かやったんだ。しかし、あの通り、のらりくらりと交わされて、な」
「そのため今度の策は、奥様の協力なくしては実現できないんです」
「え? え?」
いきなり重要ポジションに立たされ、私はタジタジになった。
それとも、動機? どちらにせよ、シオドーラに関することでは同じ質問だった。
私は向かい側のソファーに座っているダリルを見据える。
サミーは、というと私の後ろで、事の成り行きを見守っていた。
ここには私とアリスター様、ダリルのみ。だからソファーに座ったとしても、それを咎める者は誰もいない。二人とも、ガーラナウム城でのサミーの働きを知っていたからだ。
私だけでなく、アリスター様も座るように促したのだが、今はプライベートな場ではないからと断られてしまった。
そういう一面を見ていると、ブレイズ公爵家のメイド、らしいと思う。お母様の影響を受けているせいか、皆、厳しいのだ。
「はい。その前に、シオドーラ・ケイスという女について、ご説明させてください」
「そうね。私は皇城で報告を受けたけれど、だいぶ前のことだし、サミーにも知っておいてもらいたいから」
「ありがとうございます。では改めて、シオドーラ・ケイスは、エヴァレット辺境伯の近隣で見つかった聖女です。認定したのは教会で――……」
「元は敬虔なシスターだったらしいわね」
お陰で能力の発現と共に、教会のお墨付きを得て、すぐに聖女になったんだそうだ。
そもそもベルリカーク帝国に聖女が現れるのは、数百年振りのこと。文献レベルの存在だった。
ほぼ伝説級の存在を、さらに聖女を崇めている教会から出たのだ。諸手を上げて喜ばれたことだろう。すぐに皇帝へ報告された。
目的は、バードランド皇子との結婚。シオドーラを通して、皇室と親密になろうと企んだのだろう。
しかし、皇后によって結ばれた私との婚約を無下にもできず、断った。ということまでしか、私は知らされていない。
役立たず、と教会からレッテルを貼られたシオドーラがその後、どうなったのかもまた……。けれど、紛いなりにも聖女だ。いくら教会でも、無下に扱ったわけではないだろう。
私の視線にダリルは頷くと、神妙な面持ちで話し始めた。
「一度は教会から祀り上げられたものの……まぁ、色々あったのでしょう。暇を貰った……いえ、聖女として人々を救う旅に出たシオドーラは、自分の力を必要としている場所。つまり、戦闘が多いこの国境にやって来たんです」
そうか。実績を積めば、皇帝も無下にできない。しかし、聖女を利用していると思われるのも、体裁が悪い。
教会の外に出し、うまく行けば御の字。悪く行けば知らぬ存ぜぬができるから。
そう、「聖女様は皆を救いたいと、我々がお止めする言葉も聞かずに行かれたのです」と言えばいいのだから。
少しだけ哀れに感じつつ、ダリルの説明に耳を傾けた。
「シオドーラの能力は、主に治癒。怪我を治し、病気を軽くすることまで。さらに結界を張り、避難民を誘導したり、魔物や魔法による攻撃を防いでくれたりしています」
「中身はあんなんだが、領民からの信頼は厚い」
「そのため、聖女とは思えない悪口が含んでいたとしても、悪人のようには見えないようなんです」
「なるほどね。もしかしたらその中には、シオドーラに治療された者もいたんじゃないかしら。ううん。むしろ、そういう人たちから噂を流したと思うべきね、これは。彼らは疑うことすらしないでしょうから」
シオドーラの信奉者であるが故に。
「実に、元シスターらしい行動を取っている、といっても過言じゃない」
「そうですね。彼女が教会を出されたのは、恐らく私が原因ですから。余計に恨みがあるのかもしれません」
「奥様。それは違うと思います」
「え? でも、根本はそうでしょう?」
アリスター様のこともあるんだろうけど。
しかし、ダリルは首を横に振った。
「ご主人様のどこを気に入ったのか、シオドーラはご執心なんですよ。だから奥様を目の敵にしているだけです」
「ダリル。安心して。実際、旦那様へアプローチのような発言や行動は目にしていたから大丈夫。あと、露骨ではなかったけれど、私のことが気に食わない、と節々に言っていたしね」
「さすがは奥様。極力接点を作らないようにしていたのに、あの僅かな邂逅で理解されるとは。やはり教え甲斐がありますね」
「ふふふっ。ありがとう」
実は、結婚式を終えると、すぐにダリルから兵法を学んでいた。公爵邸で私がお願いしたことを、アリスター様はちゃんと覚えていてくださったのだ。
けれどこれはいつ、ガーラナウム城で非常事態が起きてもいいようにするための準備でもある。女主人として、城を守るのは当たり前の行為だからだ。
とはいえ、家令であるダリルは、私と違い、忙しい身。勉強を見ている時間など、捻出するのは難しかった。
だから、アリスター様が執務室で仕事をしている時。さらに邪魔が入らないようにするために、と私室で受けていた。
けれど、それに不満を抱いている人物がいるのだ。それもすぐ近くに。
「メイベル」
アリスター様に腰を引かれた。
「今は勉強の時間じゃない。会議の最中だ」
「知っています。旦那様こそ、会議中なのですから、離してください」
「ダメだ」
それはコッチのセリフです。
拗ねるようにムスッとした表情の時は、何を言っても聞かない。気持ちが通じ合ってから、すぐに気がついたことだった。
けれど私も、諦めることを知らない女。トドメとも言える質問を投げかけた。
「でしたら、旦那様。失礼ですが、シオドーラに気に入られるような出来事を教えてください。初めてシオドーラに会った時から、親しげに話しかけられていましたよね。その理由を教えていただけたら、私もこのまま大人しくしています」
すると案の定、アリスター様が露骨に嫌な顔をした。
「あれは勝手にシオドーラがしているだけだ。メイベルまで疑うのか?」
「疑うも何も、事情を知りません!」
そもそも、どうやって知るというのだろうか。
結婚式まで慌ただしく、その後もなかなかガーラナウム城の散策もできないくらい、アリスター様の相手や勉強に励んでいたというのに。
「奥様。それについては本当なんです。領民や騎士団に煽られたらしくて。辺境伯夫人には自分が相応しいと勘違いして、ご主人様に馴れ馴れしくしてくるんですよ。私も再三、注意をしているんですが、あの通り聞く耳を持たず……」
「だから、メイベルの誤解なんだ。俺は何もしていない」
「ですが、旦那様なら何か策を弄せたのではありませんか?」
今のように、と追求すると、さらに顔を険しくした。何故?
「メイベル。これが最後の策なんだ」
「え?」
「これまでも何度かやったんだ。しかし、あの通り、のらりくらりと交わされて、な」
「そのため今度の策は、奥様の協力なくしては実現できないんです」
「え? え?」
いきなり重要ポジションに立たされ、私はタジタジになった。