朝方の婚約破棄 ~寝起きが悪いせいで偏屈な辺境伯に嫁ぎます!?~
再び静まり返る寝室。耐えられなくても、私から言葉を発する場面ではないことは、一目瞭然だった。
「つまり、ブレイズ公爵夫人がメイベルを遠くに嫁がせたくなかった理由は、そういうことなのか」
「え? お母様がどうかしたんですか?」
呟くように言われたため、聞き取りづらかった。
「俺もメイベルに秘密にしていたことがあってな。それを言わなければ、怒るに怒れないと思ったんだ」
「……つまり怒ることは前提の話なんですね」
というより、アリスター様の中ではすでに決定済みらしい。
「逆にこの流れで何故、怒られないと思う」
「それは、その……私が」
「私が?」
「……旦那様の、妻だからです」
予想外の答えだったのか、アリスター様は驚いた顔をした。が、次の瞬間、私の言いたいことに気づいたらしい。
わざわざ遠回しに言ったのがバレた。
「俺ならもっとハッキリ言うが、メイベルは違うらしいな。所詮、その程度にしか想われていなかったってことか」
「っ! 違います!」
「なら、もっと適切な言葉があるはずだが?」
分かっているクセに!
「旦那様は私に甘いから」
「間違ってはいないが……」
「……あ、愛されているからです!」
好きです、と言うよりも恥ずかしい。傍から見ると、自意識過剰にも感じるし。あー、もうやだ!
ってあれ? 返事が来ない。
アリスター様の顔を見て、思わず袖を引っ張った。ベッドの端に座って向き合いたいけれど、私が動くと過剰に反応されそうな気がして、できなかった。
「そんな嬉しそうな顔をするのなら、もっと近くに来てください」
「っ!」
いつもなら、言わなくても来てくれるのに……。
「そうでした。怒っているからダメなんですよね。すみません」
「いや、そういうわけでは……まぁ、そうだな。あと、俺の話もまだ終わっていないから」
「確か、旦那様が秘密にしていたこと、ですよね。それはあまり良くないことですか? だったら、聞きたくないです」
もしくは私が怒る話なら、そのままにしておいてくれた方がマシだ。
「そうじゃない。どちらかというと、俺がいかにメイベルを大事に、そして長い間、どれほど想っていたのかを知ってもらいたいだけだ。メイベルが無茶をすればするほど、どれだけ俺の心労が溜まるのか、をな」
「……つまり、旦那様にとっては恥ずかしい、ことなのですね」
秘密にしていたくらいだから、あながち間違いではないだろう。アリスター様が視線を逸したのがいい証拠だ。
しかし言わない、という選択肢はないらしい。アリスター様はほんの少しだけ照れた顔で話し始めた。
「結婚式の翌日、メイベルに確認したのを憶えているか?」
何を? と首を傾げていると、アリスター様は私の返事など期待していなかったのか、そのまま言葉を続けた。
「エルバートが変な置き土産をしたんじゃないか、と」
「あっ」
「俺が十三年前からずっと、メイベルに求婚書を送り続けていたことを話したんじゃないか、とヒヤヒヤしたんだ」
「え?」
十三年前って……。
「五歳の私に? 求婚書?」
「あぁ。その全てを公爵夫人に破り捨てられていたらしいがな」
「でしょうね。いくらなんでも五歳の私に、だなんて。それに旦那様は……」
「十三の頃だ」
その時から想われていたのは知っていたけれど、まさかそこまで!? ただ好きってだけじゃなかったの?
「で、ではやはり、私と結婚したいために、バードランド皇子に頼んで婚約破棄を?」
「そうだ。罠を仕掛けてもらった。あのままだとバードランド皇子との結婚が決まり、日取りも発表されそうになっていたんだ。皇后はメイベルが十八になるのを待っていたくらいだからな。それを阻止するために、一芝居打ってもらった、というわけなんだ。メイベルには悪いことをしたと思っている」
答えが合っていたのに、嬉しさよりも恥ずかしさの方が増した。何故かアリスター様ではなく、私が。
「しかしこれで、俺がどれほどメイベルを求めていたか、分かってくれたか?」
「……は、はい」
アリスター様の顔を直視できなくて、私は俯いた。
「だから、記憶を失うような案件を秘密にされるのは、さすがに堪える。先に言ってもらわなければ――……」
「役立たずだと思われるのが嫌だったんです」
「そんなことはない」
「あります。現に私はシオドーラのように、領民に求められる辺境伯夫人ではありませんから」
領内で見た、聖女ごっこをする子どもたち。大人と違って彼らは素直だ。残酷なまでに現実を突きつけてくる。
「ガーラナウム城でも、女主人として何一つできていません。ダリルの手伝いレベルにも達していないんですよ」
すると、アリスター様が私の頭に手を乗せた。
「メイベルは俺が、好きでもない、嫌いな女と結婚してもいいと言うんだな。周りの幸せのために俺に犠牲になれと?」
「……いいえ。旦那様に不幸になってほしいとは誰も思いません」
国と同じで、トップが安定しなければ、下の者は不安になる。エヴァレット辺境伯領は国境に面しているから特に。
「メイベルはここに来て間もない。実績作りなら、これからいくらでも望める。失敗や躓きで責める者がいるかもしれないが、俺が全力でフォローする。だから、無理はするな。無茶はするな。メイベルがいなくなると、生きていけない人間がここにいるんだ」
怒られている、というより懇願されているような気がした。もしくは、プロポーズに近いかもしれない。
うん。プロポーズだね、これは。あれ? そういえば……。
「旦那様。私、プロポーズされていなかったことに気がつきました」
「そういえば、そうだな。取り引きから始まった契約結婚だったから」
途端、アリスター様は黙り込んだ。多分、私と同じ考えに行き着いたのだろう。
「改めてやり直したいところだが、領地だと目立つ。もうほとぼりも冷めた頃だろうから、首都へ戻ってみるか?」
「っ! いいんですか?」
「メイベルもやり直したいだろう?」
「……はい」
プロポーズ? ううん、それだけじゃない。結婚式もだ。
「つまり、ブレイズ公爵夫人がメイベルを遠くに嫁がせたくなかった理由は、そういうことなのか」
「え? お母様がどうかしたんですか?」
呟くように言われたため、聞き取りづらかった。
「俺もメイベルに秘密にしていたことがあってな。それを言わなければ、怒るに怒れないと思ったんだ」
「……つまり怒ることは前提の話なんですね」
というより、アリスター様の中ではすでに決定済みらしい。
「逆にこの流れで何故、怒られないと思う」
「それは、その……私が」
「私が?」
「……旦那様の、妻だからです」
予想外の答えだったのか、アリスター様は驚いた顔をした。が、次の瞬間、私の言いたいことに気づいたらしい。
わざわざ遠回しに言ったのがバレた。
「俺ならもっとハッキリ言うが、メイベルは違うらしいな。所詮、その程度にしか想われていなかったってことか」
「っ! 違います!」
「なら、もっと適切な言葉があるはずだが?」
分かっているクセに!
「旦那様は私に甘いから」
「間違ってはいないが……」
「……あ、愛されているからです!」
好きです、と言うよりも恥ずかしい。傍から見ると、自意識過剰にも感じるし。あー、もうやだ!
ってあれ? 返事が来ない。
アリスター様の顔を見て、思わず袖を引っ張った。ベッドの端に座って向き合いたいけれど、私が動くと過剰に反応されそうな気がして、できなかった。
「そんな嬉しそうな顔をするのなら、もっと近くに来てください」
「っ!」
いつもなら、言わなくても来てくれるのに……。
「そうでした。怒っているからダメなんですよね。すみません」
「いや、そういうわけでは……まぁ、そうだな。あと、俺の話もまだ終わっていないから」
「確か、旦那様が秘密にしていたこと、ですよね。それはあまり良くないことですか? だったら、聞きたくないです」
もしくは私が怒る話なら、そのままにしておいてくれた方がマシだ。
「そうじゃない。どちらかというと、俺がいかにメイベルを大事に、そして長い間、どれほど想っていたのかを知ってもらいたいだけだ。メイベルが無茶をすればするほど、どれだけ俺の心労が溜まるのか、をな」
「……つまり、旦那様にとっては恥ずかしい、ことなのですね」
秘密にしていたくらいだから、あながち間違いではないだろう。アリスター様が視線を逸したのがいい証拠だ。
しかし言わない、という選択肢はないらしい。アリスター様はほんの少しだけ照れた顔で話し始めた。
「結婚式の翌日、メイベルに確認したのを憶えているか?」
何を? と首を傾げていると、アリスター様は私の返事など期待していなかったのか、そのまま言葉を続けた。
「エルバートが変な置き土産をしたんじゃないか、と」
「あっ」
「俺が十三年前からずっと、メイベルに求婚書を送り続けていたことを話したんじゃないか、とヒヤヒヤしたんだ」
「え?」
十三年前って……。
「五歳の私に? 求婚書?」
「あぁ。その全てを公爵夫人に破り捨てられていたらしいがな」
「でしょうね。いくらなんでも五歳の私に、だなんて。それに旦那様は……」
「十三の頃だ」
その時から想われていたのは知っていたけれど、まさかそこまで!? ただ好きってだけじゃなかったの?
「で、ではやはり、私と結婚したいために、バードランド皇子に頼んで婚約破棄を?」
「そうだ。罠を仕掛けてもらった。あのままだとバードランド皇子との結婚が決まり、日取りも発表されそうになっていたんだ。皇后はメイベルが十八になるのを待っていたくらいだからな。それを阻止するために、一芝居打ってもらった、というわけなんだ。メイベルには悪いことをしたと思っている」
答えが合っていたのに、嬉しさよりも恥ずかしさの方が増した。何故かアリスター様ではなく、私が。
「しかしこれで、俺がどれほどメイベルを求めていたか、分かってくれたか?」
「……は、はい」
アリスター様の顔を直視できなくて、私は俯いた。
「だから、記憶を失うような案件を秘密にされるのは、さすがに堪える。先に言ってもらわなければ――……」
「役立たずだと思われるのが嫌だったんです」
「そんなことはない」
「あります。現に私はシオドーラのように、領民に求められる辺境伯夫人ではありませんから」
領内で見た、聖女ごっこをする子どもたち。大人と違って彼らは素直だ。残酷なまでに現実を突きつけてくる。
「ガーラナウム城でも、女主人として何一つできていません。ダリルの手伝いレベルにも達していないんですよ」
すると、アリスター様が私の頭に手を乗せた。
「メイベルは俺が、好きでもない、嫌いな女と結婚してもいいと言うんだな。周りの幸せのために俺に犠牲になれと?」
「……いいえ。旦那様に不幸になってほしいとは誰も思いません」
国と同じで、トップが安定しなければ、下の者は不安になる。エヴァレット辺境伯領は国境に面しているから特に。
「メイベルはここに来て間もない。実績作りなら、これからいくらでも望める。失敗や躓きで責める者がいるかもしれないが、俺が全力でフォローする。だから、無理はするな。無茶はするな。メイベルがいなくなると、生きていけない人間がここにいるんだ」
怒られている、というより懇願されているような気がした。もしくは、プロポーズに近いかもしれない。
うん。プロポーズだね、これは。あれ? そういえば……。
「旦那様。私、プロポーズされていなかったことに気がつきました」
「そういえば、そうだな。取り引きから始まった契約結婚だったから」
途端、アリスター様は黙り込んだ。多分、私と同じ考えに行き着いたのだろう。
「改めてやり直したいところだが、領地だと目立つ。もうほとぼりも冷めた頃だろうから、首都へ戻ってみるか?」
「っ! いいんですか?」
「メイベルもやり直したいだろう?」
「……はい」
プロポーズ? ううん、それだけじゃない。結婚式もだ。