結婚ワークショップ
第一話 お試しの結婚?
○穂乃の家(朝)
晴天の朝。


洗面台の前に立ってヘアアイロンを使っている浦野穂乃(うらの ほの)(17歳)。
穂乃の後ろを穂乃の母・里美が通り、声をかける。

里美「穂乃!アイロンしながら寝ないの!」

手を動かしながら目を閉じてしまっていた穂乃、ハッと目を開く。

穂乃「はっ!寝てた!」
里美「もう〜危ないわね〜」
穂乃「眠いよお〜」
里美「ほらもう時間よ!行ってらっしゃい」
穂乃「うう〜行ってきま〜す」

穂乃、家から出て行く。
里美、穂乃をため息をつきながら見送る。

○路上
登校中の穂乃、猫背であくびをしながらだらだらと歩いている。
正面から近所のおばちゃんが歩いて来るのが見える。
穂乃、急にシュッと姿勢を伸ばし、表情を引き締める。
近所のおばちゃんとすれ違いざま、黒髪ストレートがさらりと揺れ、先ほどとは見違えるほど凛とした立ち姿で挨拶する。

穂乃「おはようございます」
おばちゃん「あら…!穂乃ちゃん、おはよう」

穂乃、笑顔で軽く会釈して通り過ぎる。
おばちゃん、少し穂乃に見惚れるがハッと我に返りまた歩き出す。
数メートル歩いた後、振り返り、誰もいないことを確認して、まただらーんとした姿勢になって大きな口を開けてあくびする穂乃。

○学校・教室(昼)
穂乃、姿勢良く自分の席に座っている。
前の席の友人・智花(ともか)が後ろを向いて、穂乃に話しかける。

智花「穂乃〜。数学の宿題やった?」
穂乃「やったよ。見る?」
智花「間髪入れずに優しいー!その慈悲の心見習いたい!」
穂乃「誰にでもじゃないよ。智花にだけだよ」
智花「イッケメン!人心の掌握に長けている!」
穂乃「もーいいから、早くやりなー」
智花「はーい。ありがと〜!」

智花、穂乃からプリントを受け取り、書き写す。
教室に別のクラスの友人が訪れる。

友人「穂乃ー!古典の教科書貸してー!」
穂乃「いいよ。はい」
友人「ありがとう!後ですぐ返しにくるから!」
穂乃「私今日古典ないから、急がなくて大丈夫だよ」
友人「神かよ!ありがとー!」

バタバタと教室から出ていく友人。
智花、その様子を見て、

智花「穂乃ってほんと、みんなのイケメンお姉ちゃんって感じだよね」
穂乃「…なんかごちゃ混ぜだな?」
智花「いつもピシッと姿勢が良くて、美しい所作!凛としたかっこいい女子!って感じ。後輩ちゃんから人気あるの気付いてる?」
穂乃「うそ。知らない」
智花「頼りになるし、優しいし、ついつい困った時は穂乃に相談しちゃうもん。いつもありがとうね、お姉ちゃん」
穂乃「お姉ちゃんじゃないし。同い年だし」
智花「なんかいつもこう、冷静でさ、しっかりしててさ」
穂乃「そんなことないよ…」
智花「いつも助けてもらってばっかだけど、無理しないでね。穂乃がしんどい時は言ってね」
穂乃「智花…」

先生、入室。
慌てて智花が前を向く。

穂乃(智花、ありがとう。でも無理なんてしてないよ。だって家では私……)

○穂乃の家(夜)
帰宅後の穂乃、制服のままだらーんと全身の力を抜いてソファに横たわっている。
里美「穂乃、あんたまだ制服のままなの!せめて着替えなさい」
穂乃「んー」

動く気がない穂乃。
穂乃(外面だけめちゃくちゃ良い私こと浦野穂乃は、家ではこーんなにだらけているのだから)

穂乃(この姿を見せられるのは家族だけ。近所の人や学校の友人には絶対見せられない!だらだらごろごろして過ごすのが大好きな怠惰な私。智花は私のことみんなのお姉ちゃんだねって言ってくれたけど、実際は上に姉が二人いる三姉妹の末っ子。めちゃくちゃ妹気質!お母さんやお姉ちゃんたちにいつも甘えてるのだ)

真子「穂乃〜いつまで寝てんの」
穂乃「姿勢良くしすぎて疲れたのー」
真子「あんたのその外面…しっかり者の仮面、無理ならやめればいいのに」
穂乃「別に無理はしてない。家の外に出ると体が勝手にそうなるの」
真子「反射的に?」
穂乃「そう。お外スイッチが勝手に入るの」
真子「あんたそんなんで恋愛とかできるの?」
穂乃「え?」
真子「恋愛って、本当の自分を曝け出すのも必要になるよ?今のままじゃ、恋人と一緒にいても仮面被ったままじゃん」
穂乃「仮面のつもりないけど…」
真子「うちら家族から見たら仮面被ってんなーって思うの。今の姿とのギャップが凄すぎて。何を清楚な優等生みたいに穏やかに笑ってんだ!本当は大口開けて手叩いて笑うくせに!ってね」
穂乃「真子姉?悪口ですか?」
真子「そういう素直な穂乃を隠すのは勿体無いって言ってんのよ」
里美「そうよ〜。真子の言う通りよ。結婚するってなったら他人と一緒に暮らすことになるんだから、家でもずっと仮面のままよ〜?」
穂乃「結婚って…話がぶっ飛びすぎだよー!」
里美「しんどいわよ、家の中でも無理して自分を作り続けるのは」
穂乃「もー、二人してなに気が早いこと言ってるの!結婚なんてもっと先の話だし、その頃には私も素が出せるように成長してるって〜」

穂乃、ソファの上でのんきに伸びをする。
里美、呆れたようにため息をつく。
スマホを見ていた真子、何かを見つけて里美に見せにいく。

真子「ねえお母さん、これ良くない?」
里美「あら…!」

里美と真子、スマホと穂乃を交互に見てにやついている。

○穂乃の部屋(休日の昼)
穂乃、ベッドでぐっすり寝ている。
真子、突然部屋のドアを開け、

真子「穂乃起きて!用意して!ちゃんと身なり整えて!」
穂乃「…ほえ?」
真子「早くね!30分後お客さん来るから!」

言い終わるとバタンとドアを閉める真子。
30分後、眠そうだがなんとか着替えやメイクを済ませて階段を降りて来る穂乃。

里美「おはよう穂乃。もうお昼だけど」
真子「おそよう」
穂乃「おそよー。…二人とも何その格好。てかお客さんって?」

里美と真子は家着ではなくよそ行きの格好をしている。
違和感を覚える穂乃。
ピーンポーン。インターホンが鳴る。
来た!と里美と真子が出迎えに行く。
穂乃、分からないままその場に立っている。
ガチャ、とリビングの扉が開くと、見知らぬ男性が入ってくる。
反射的に姿勢を正す穂乃。

穂乃「!?」
穂乃(え!?誰!?)

男性は背が高く、爽やかな短髪に整った顔立ち。
スーツを着て大人っぽい印象。表情は固く、口は一文字に結ばれている。
穂乃(なんだか真面目そうな…同い年くらいかな…)

穂乃、なんと声をかけるべきか分からず微妙な距離感で固まる。
すると間もなく、里美と真子、楽しそうに話しながら戻ってくる。
もう一人、男性が爽やかな笑顔で入室。

修哉「こんにちは。お邪魔します。あなたが穂乃さん?」
穂乃「へ?は、はい」
修哉「私、参加体験型学習、ワークショップ「ONE」を企画運営しております、石渡修哉(いしわたり しゅうや)と申します」
穂乃「こんにちは…」

修哉、もう一人の男性を紹介する。

修哉「こっちは弟の壱(いち)です」
穂乃「弟さん…(会釈する)」
修哉「この度は「結婚ワークショップ」にご応募頂きありがとうございます」
穂乃「結婚…ワークショップ?」
修哉「今回「結婚」がテーマですので、新居をご用意しております。本日から2週間、新居でここいる壱と共同生活をしていただきます」
穂乃「ええ!?」

混乱する穂乃。
しかし初対面の男性二人の前で感情を出すことを躊躇い、無言で里美たちを見る。

里美「お母さんたちが応募したのよ。真子がこんな珍しいワークショップがあるって見つけてくれてね。お母さんはね、穂乃が家でしか素を見せられないのが心配なの。だからこういう体験を一度してみたら、きっかけが掴めるんじゃないかと思って」
真子「住む場所も提供してくれるなんて凄くない?」
穂乃(いやいやいや待ってよ…!)
修哉「我々のワークショップは他にも、例えば大学入学を機に一人暮らしをする方が、一度親元を離れて生活をする、という体験をご提供していたりします。お部屋を借りるのは一苦労でしょうから、我々が場所をご用意させていただくんです。そうやって本番に向けて準備をしやすくするお手伝いですね」
穂乃「じゃあ私も一人暮らしで…」
里美「あなたの場合は人様の前で素を曝け出す練習が必要なんだから、一人じゃ意味ないでしょ。そこで見つけたのが、「結婚」よ」
修哉「実際は結婚と申しましても本当に婚姻を結ぶわけではないですし、シェアハウスのような感覚でしょうか。どちらかのご実家で住むというのはご家族への負担も大きいですので、「新居」という名のお部屋をご用意しております。それから、今回穂乃さんの相手役なのですが…なにぶん始めたばかりのワークショップの為参加者が集まらず…勝手ながら穂乃さんと同い年ということで、弟の壱を連れて参りました。少々緊張して固いところはありますが、運営側の意向も理解していますので、良い立ち回りが出来るかと…」
真子「めちゃくちゃイケメン君でむしろありがとうございますだよね、穂乃!」
里美「本当、ご兄弟揃ってイケメンね〜!」
穂乃(ちょっと待ってよ…話が全部急すぎてついていけないよーーー)

○新居のマンション・部屋
ダイニングテーブルに向かい合って座る穂乃と壱。
部屋は2LDKの広々とした空間。
穂乃、向いに座る壱をちらりと見つめる。
壱、黙ったまま座っている。
穂乃、ここまでの道中受けた説明を思い返す。

○回想
修哉「体験型学習ですので、何かを学び、得て帰っていただきたいと思います。勿論途中でご実家に帰ることも可能ですが、二人の間に起きたトラブルや心配事は、出来れば夫婦である二人で解決してもらえると学びがあるかと思います。例えば最初に、一緒に暮らす上でのルールを決めてみてもいいですね。夫婦にもいろんな形がありますから、一人の時間も大事でしょうし、二人で一緒に何かをする楽しさもあると思います。…至らぬところもあるかと思いますが、弟をどうかよろしくお願いいたします」

(回想終わり)

穂乃(よろしくって言われましても…。今日初対面の男の子といきなり結婚生活って!!コミュ力おばけにしか無理じゃない!?)

穂乃、チラチラと壱の顔を伺う。

穂乃(…でも見れば見るほどイケメンなんだよなあ…。清潔感もあって、真子姉の言う通りむしろラッキーなのか…?結婚って好きな人とずっと一緒にいられてハッピー!ってことだし、その相手がこんなかっこいい人なら案外楽しめるのかも…?)

穂乃、真顔で黙っている壱を見て、

穂乃(…キャーな展開かと思ったけど、あれ…重いな……?空気が…)

穂乃、緊張して一つ咳払いをした後、お外モード(おどおどせずしゃんとして)で話しかける。

穂乃「…あの、突然のことで私も戸惑ってるんですけど、母たちが勝手に応募しちゃってて、だから別に私は大丈夫なんです。なのでおうちに帰ってもらって大丈夫ですよ。私がキャンセルしておくので!」

しーんとする部屋。
穂乃、必死で明るく振る舞いながら、

穂乃「あ、そっか、お兄さんのお仕事一個潰しちゃうのはダメですよね!じゃあえっと…」
壱「結婚しましょう」
穂乃「え、ええ!?」
壱「2週間とはいえ、結婚するのだから、プロポーズは必要かと」
穂乃「いやいやそんな真剣にならなくても…」
壱「俺は100点を取ることが信条なので、君のことも100幸せにします」

穂乃、赤面しながら戸惑う。

穂乃(ええ〜〜〜乗り気じゃないと思ったのに、この人結構真面目だ〜〜〜〜!)

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