しあわせのレシピブック
はじまりのはなし
はじまりはいつも唐突に
突然ですが、わたくしエレは仕事をクビになりました。
「はあ……」
がくり、肩を落としてエレは帰路につきます。
……彼女は家事代行の仕事をしておりました。慣れてはいる。慣れてはいるのです。彼女は他の人よりも出来ることが少ないのですから、エレよりも優秀な家事代行を生業にしているひとに取って代わられることくらい、いくらでもあるのです。
『すまないけれど、君は働き者だから。ぼくらなんかよりも重用してくれるひとはいくらでもいるよ』
だから、本当にごめんね。
そう言って、励ましと謝罪の言葉をかけてくれた雇い主の顔を思い出す。
もしかしたら、口先だけの言葉だったのかもしれないけど……。
(……)
しかし、それを理解しているのと。それをきちんと受け止められるかというのは話が別で。
足取りの重い帰り道。
ちらりと、目を向ければ。
「わあ!美味しそう……!」
「どうぞ。存分に目で楽しんでからお食べください。「魔法」で冷めないようになっております」
聞こえてくる声は、いとも簡単に「魔法」という言葉を紡ぎます。
エレは思うのです。
(……魔法、なんて)
――いけない、いけない。
エレは首を振って、思考を振り払います。
(それよりも、それよりも……また、ソルティさんにご迷惑をかけてしまいますわね……)
逃避するように考え始めたのは、下宿先の家主さまのことでした。
彼女はなかなかのお人好……こほん、良いひとなので、仕事をクビになった程度でエレを追い出すような方ではないことは、知っていました。というか経験済みでした。
エレが仕事をクビになることは珍しくはありませんでした。
だから、食い扶持や寝床の心配をすることはないのでした。
……さすがに、いつまでも穀潰しというのは、考えてはいませんが。
(……どうしましょう)
……はあ、と。またため息をひとつ。
エレを雇ってくれる場所は少ないのですから。
ああ、……魔法は嫌いだ。
そんなことは、胸の中だけにとどめて。
「……ただいま帰りましたわ」
大通りから外れた、裏路地も裏路地。外れも外れ。そんな場所にある、良く言えばアンティーク、趣がある。悪く言えばぼろっちい雑貨屋。そこが、今のエレの下宿先でした。
「おかえり……って、その顔は」
カウンターに足をのせるという行儀の悪い姿勢でエレを迎えたのは、黒髪の女性。
女性は、腰の辺りまである黒髪をさらりと掻き上げると、にやりと笑みを。
「クビになってきたね?」
「やっぱりわかりますか」
「そりゃあねえ。何年の付き合いだと思ってるんですか」
エレはようやく気分が上向いてきたように思いました。
「ソルティさん……申し訳ございません。しばらく、お金は入れられそうにありませんわ……」
「そんなこと、気にしなくてもいいのに」
あはは、と何も気にしていない様子で笑う女性――ソルティさんに、エレもようやく笑みを浮かべました。
「……はあ、またお仕事探しですわ。もう慣れてきましたけれど」
「……それなんだけどさ、エレちゃん」
「なんでしょう?」
こてり、首をかしげたエレに、ソルティさんはにっこり、もはや怪しいほどの笑顔を形作ります。
……なんだか、嫌な予感がするようなしないような。
エレはそう一瞬思いました。
が、
「仕事先、良いところがあるんだけど。紹介しようか?」
――エレは、ぱちくりと目をしばたかせました。
「はあ……」
がくり、肩を落としてエレは帰路につきます。
……彼女は家事代行の仕事をしておりました。慣れてはいる。慣れてはいるのです。彼女は他の人よりも出来ることが少ないのですから、エレよりも優秀な家事代行を生業にしているひとに取って代わられることくらい、いくらでもあるのです。
『すまないけれど、君は働き者だから。ぼくらなんかよりも重用してくれるひとはいくらでもいるよ』
だから、本当にごめんね。
そう言って、励ましと謝罪の言葉をかけてくれた雇い主の顔を思い出す。
もしかしたら、口先だけの言葉だったのかもしれないけど……。
(……)
しかし、それを理解しているのと。それをきちんと受け止められるかというのは話が別で。
足取りの重い帰り道。
ちらりと、目を向ければ。
「わあ!美味しそう……!」
「どうぞ。存分に目で楽しんでからお食べください。「魔法」で冷めないようになっております」
聞こえてくる声は、いとも簡単に「魔法」という言葉を紡ぎます。
エレは思うのです。
(……魔法、なんて)
――いけない、いけない。
エレは首を振って、思考を振り払います。
(それよりも、それよりも……また、ソルティさんにご迷惑をかけてしまいますわね……)
逃避するように考え始めたのは、下宿先の家主さまのことでした。
彼女はなかなかのお人好……こほん、良いひとなので、仕事をクビになった程度でエレを追い出すような方ではないことは、知っていました。というか経験済みでした。
エレが仕事をクビになることは珍しくはありませんでした。
だから、食い扶持や寝床の心配をすることはないのでした。
……さすがに、いつまでも穀潰しというのは、考えてはいませんが。
(……どうしましょう)
……はあ、と。またため息をひとつ。
エレを雇ってくれる場所は少ないのですから。
ああ、……魔法は嫌いだ。
そんなことは、胸の中だけにとどめて。
「……ただいま帰りましたわ」
大通りから外れた、裏路地も裏路地。外れも外れ。そんな場所にある、良く言えばアンティーク、趣がある。悪く言えばぼろっちい雑貨屋。そこが、今のエレの下宿先でした。
「おかえり……って、その顔は」
カウンターに足をのせるという行儀の悪い姿勢でエレを迎えたのは、黒髪の女性。
女性は、腰の辺りまである黒髪をさらりと掻き上げると、にやりと笑みを。
「クビになってきたね?」
「やっぱりわかりますか」
「そりゃあねえ。何年の付き合いだと思ってるんですか」
エレはようやく気分が上向いてきたように思いました。
「ソルティさん……申し訳ございません。しばらく、お金は入れられそうにありませんわ……」
「そんなこと、気にしなくてもいいのに」
あはは、と何も気にしていない様子で笑う女性――ソルティさんに、エレもようやく笑みを浮かべました。
「……はあ、またお仕事探しですわ。もう慣れてきましたけれど」
「……それなんだけどさ、エレちゃん」
「なんでしょう?」
こてり、首をかしげたエレに、ソルティさんはにっこり、もはや怪しいほどの笑顔を形作ります。
……なんだか、嫌な予感がするようなしないような。
エレはそう一瞬思いました。
が、
「仕事先、良いところがあるんだけど。紹介しようか?」
――エレは、ぱちくりと目をしばたかせました。