しあわせのレシピブック

シュトロイゼルとクルールぱーとつー

 さて、朝食を食べ終えたシュトロイゼルは屋敷の外に出る。
 今日もいい天気だ。空には雲ひとつなく、陽気が心地いい。
「うん。きれいに咲いているね」
 庭の一角。花壇に植えられた色とりどりの花に水をやりながら、シュトロイゼルは小さく、満足げに呟く。
 シュトロイゼルの最近の最近は庭弄りだ。
 目覚めるまでは庭もなかなかの乱雑さ加減だったのだが、クルールに言われるままに――シュトロイゼルはインドア派なので、はじめは渋々と――整えていくうちに、これは楽しい、と思い始めたのだ。
 ……シュトロイゼルはなかなかの歳である。たまに腰にくることがあるので、ゆっくり、ゆっくり。
(……エレくんは確か花が好きだったから、喜んでくれるだろうか)
 そんなことを考える。家事代行の少女が教えてくれた、数少ないことだ。
 エレ。家事代行を生業としている。明るく、家事と花が好きで、……魔法を扱うことが出来ない少女。
『……わたくしは、魔法を使えません』
 そう、泣きそうな顔で告げたエレのことを思い浮かべて。
「どうした。そんな思い詰めた顔をして」
「ああ……そう見えたか」
 ふわり、シュトロイゼルの足元に着地したクルールは、そのもふもふとした毛をシュトロイゼルの足にすり付ける。……シュトロイゼルはわかっていた。それは、クルールが誰かを励まそうとしたときにすることだということを。
「魔法を使えないとは、どれだけ辛いことなんだろうね」
「辛いのか?」
「……わからない」
「わからないのに、辛いのか?」
「……」
 ……難しいことだと、シュトロイゼルは思った。
 シュトロイゼルは魔法学校の教授として様々な生徒を見てきた。……この世界に、魔法が使えないひとがいるなんて、考えもしなかった。
 だから、エレの本当の気持ちを推し量ることも出来ない。難儀なことだ。
「エレくんの気持ちを少しでも理解してあげたいものだ」
「……」
「そうして、出来ることなら」
 シュトロイゼルの言葉に、クルールはシュトロイゼルの顔を覗き込むように顔をあげる。
「彼女の心の傷を少しでも癒してあげられれば」
 それが、一番の幸せだ。
「……お前」
「何かな?」
「いや、なんでもない。……これは、ニュイとルージュに伝えておくべきか、否か……」
「……?」
 ぼそぼそと小さな声でなにやら思案している様子のクルールに、シュトロイゼルは首をかしげる。
 頭の上に疑問符を浮かべていたシュトロイゼルだったが……とある「音」を聞き付けて、クルールに向けていた視線を門へと向けました。
「ああ、エレくん。おはよ」
「わ、わたくしはなんとも思っていませんわ! 本当ですわよ!?」
「……?」
「本当に、本当になにも思っていませんの! 本当に! 本当に!」
「え、エレくん。少し落ち着いて」
 ……何やら、混乱している様子のエレを落ち着かせるまでまた少しひと悶着あり。

 こうして、シュトロイゼルたちの日常がまた始まるのだ。
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