しあわせのレシピブック

シュトロイゼルとエレの日常ぱーとふぁいぶ

 エレはぱらぱらと本のページを捲ります。
「ふむふむ……」
「本当に書いていることがわかるんだね」
「はい。なんとなく、という概念的な言い方しか出来ませんが」
 シュトロイゼル先生が口元に手を当て考えている体を取りました。学者としての興味が湧き上がっているのが目に見えて現れていました。
 そんなことにも気がつかないくらい、エレの瞳はきらきらと光を放つように興味を示します。
「やっぱり、料理の作り方ですわね」
 一通り目を通したエレが満ち足りたように呟きました。今までにないくらい、楽しそうな笑顔を浮かべていました。
 そんな顔は見たことがない。シュトロイゼル先生は微かに表情に驚きを乗せました。同時に、嬉しいような気持ちにもなっていました。
「にわかには信じ難いけれど、……興味深くはあるね」
 シュトロイゼル先生の学者としての本音でした。確証を持つにはまだ足りないが、興味はある。それは確かです。
 エレは本をゆっくりと閉じます。
「わたくしも、まだなんとなくわかるくらいのものですので……確証はありませんわ。けれど、わたくしはこちらの本に興味があります。シュトロイゼル先生も同じ、ですわね?」
「うん。同じだ」
「……先生を見込んで、お願いがありますの」
 エレがシュトロイゼル先生を真っ直ぐに見据えました。利発な光を湛えている瞳が、興味の明かりを照り返し揺れています。
「この本の中身を知りたいのです。わがままだと分かっていますが、協力してはもらえませんか?」
 よくよく考えれば道理がない提案だとエレにも分かっていました。エレはシュトロイゼル先生に家事代行として雇われているだけなのです。いくら良くしてもらっているとしても、それに是の返事をすることにメリットなどありません。
 それでも、希望を持ってしまったのです。エレは、初めて沸いた興味に連れられて走り出していました。
 暫しの沈黙。落とされた声はシュトロイゼル先生のものでした。
「ああ、もちろんだよ。私で力になれることがあれば、なんでもしたい。……いや、するよ」
「……! ありがとうございますわ。シュトロイゼル先生!」
 エレの表情が笑顔で彩られました。年頃の少女のする、屈託のない笑顔。シュトロイゼル先生は笑顔を見てようやくほっとしたような息をつきました。

 さて、彼らのやりとりを息を潜めて見ていた者たちはと言えば。
「なんだか素敵な雰囲気だね、ルージュ」
「ええ、青春を感じるわ。ニュイ」
「あの本に料理の作り方が書かれていたなんて……」
「考え込むソルティも可愛いな……」
「料理の本。私も興味あるかも……」
 片や青春を感じているニュイとルージュ。
 片やばらばらな思考をする三人。

 それぞれがそれぞれの想いを持って、これから巻き起こる小さな幸せの物語に巻き込まれていくのでした。
 もちろん、誰も始まりだとは気付かないままに……。
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