しあわせのレシピブック

エレと市場

 今日も天気はあきれるほど良く。空からさんさんと照らす光は、微かな暑さを伝える程でした。
「飲み物を用意してきた方が良かったかしら……」
 エレがそうこぼします。
「いえ、先生の家でお作りしてストックした方がいいでしょうね」
 学徒というのはみなそうなのか。夢中なことがあれば自分のことに無頓智なシュトロイゼル先生。きっと夢中になれば作るより水を直接飲めばいいなどと言うのでしょう。それどころか、食事を取らない傾向もあるため、養分のある飲み物を用意しておくのは良い事になるはずです。
「フルーツでも買っていきましょう。残っても摘めますし」
 エレは足を市場の方に向けました。この国にはお菓子に使う食材が集まる市場があります。お菓子の都、シャンティーイ。その名に違わぬ立派な市場です。
 市場は活気に満ちていました。宮廷魔導師だけでなく、学徒、子供連れの女性、お店を営む店主、さまざまなひとがフルーツや野菜を求めて市場に集うのです。
「……なんだか」
(どうしても、眩しく感じてしまうな)
 エレはそっと指先をさ迷わせました。特にそのように感じなくてもいいことなのに、どうにも、感じてしまう。
 微かな、断絶。
(……気にしない)
 気にしないように。エレ自身に何度も、刷り込むように呟きました。わたくしは、これからのために!
 エレは一歩を踏み出しました。その足に迷いはなく、ただ、自分のすべきことをする意志に動かされていました。

 *

「これで大丈夫ですかね」
 新鮮なフルーツと、お野菜を少し。この市場の食材は第一王子お墨付きの新鮮さです。今からシュトロイゼル先生のお家に持っていくのが楽しみになっていました。
「シュトロイゼル先生、喜んでくださるかしら」
 シュトロイゼル先生と、クルールと。もし誰かが来たならその方も。皆が喜んでくれればいいな、と思っていました。きっと、喜んでくれる。エレは少し大荷物になった荷物を抱えて、シュトロイゼル先生のお家に向かって歩き始めました。
 重い荷物を持ったままでしたが、足取りはむしろ軽いくらいでした。
< 21 / 24 >

この作品をシェア

pagetop