しあわせのレシピブック

シュトロイゼルとエレの日常ぱーとわん

 エレがシュトロイゼル先生の屋敷に家事代行に来るようになって、一週間が過ぎようとしていました。
 その間に、エレは少しずつシュトロイゼル先生のことを理解しつつありました。……どうやら、シュトロイゼル先生はエレの知る「先生」とは違う、ソルティさんのお友達の「先生」と同じような優しいひとだということは、少なくとも理解出来たつもりです。
 ……しかし、それと苦手意識がすぐに払拭出来るかと言われれば、また別の話であるらしく。エレは彼のことを「ロイ先生」ではなく「シュトロイゼル先生」と呼んでいました。
 シュトロイゼル先生も、まだ気にしていないようでしたが。ソルティさんは少し気になっているようでした。
 ……もしかしたら、ソルティさんはエレに「先生」を好きになってほしくてシュトロイゼル先生を紹介したのでしょうか。
 聞いてもはぐらかされるので、真相はソルティさんのみぞ知るということなのでしょう。
 そして、もうひとつ理解したことがありました。
「シュトロイゼル先生……」
 その日、また家事代行に来たエレの声はもはや、呆れに近い色を滲ませていました。
「……はは」
 対してシュトロイゼル先生はまさに苦笑いといった様子で頬を掻きます。
 ……エレの目の前にあるのは、書類や本が乱雑に置かれた、いや、散らばっている書斎。
 そう、シュトロイゼル先生は片付けがあまり出来ない方だったのです。

「い、一週間かけて片付けましたのに……」
 微かな絶望すら滲んでいるように見えるエレの言葉に、シュトロイゼル先生は応えます。
「申し訳ない……。これでもいつもより片付いているのだけれど」
「まあ、それはわかりますが」
 はあ、と抑えきれなかったため息をついて。
 エレは、大層な理由がなくともシュトロイゼル先生を紹介してくれるソルティさんの気持ちがわかるような気がしていました。
 これでも、だいぶ片付いているというシュトロイゼル先生の言葉が本当のことであるのは、わかっていました。
 きれいな外観と廊下。そこまでは、いいのでした。
 しかし、一歩部屋に踏み込めば、そこに広がるのはまさに地獄絵図。
 初日は、緊張していたのも、相手が「先生」であることも忘れて。呆れた声を上げてしまったことをしっかり覚えています。
『よ、よくこんな家で暮らしていましたわね!?』
 ははは、と苦笑いを浮かべながらエレに次々と「地獄絵図」を見せていくシュトロイゼル先生に、……緊張は確かにどこかへ飛んでいってしまったのですが。
 書斎、キッチン、研究室。客室はかろうじて。あくまで「かろうじて」片付いていましたが……なかなか、片付け甲斐がある家でした。
 そうして、まるまる一週間かけて……きれいにした、筈なのですが。
 目の前に広がるのは山のように積まれた本。散らばっている書類。
「す、すまないね……」
 申し訳なさそうにシュトロイゼル先生が言います。
 その言葉に嘘がないことくらい、エレにもわかっていました。
「なにをおっしゃいますか」
 だから、エレは少し明るい声を心がけて、言うのです。
「腕がなるというものですわ。さあ、お片付けの時間です!」
 エレは、しっかりとエプロンドレスのエプロンを結び直し。
 地獄絵図となった部屋に、勢い込んで踏み込んだのでした。
 ――こうして、エレとシュトロイゼル先生の一日が、また始まるのです。
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