しあわせのレシピブック
ディッシュ・レイニスと云う男
さて、エレはそんな朝を迎えて。
裏路地を抜け、大通りへ入ります。今日も大通りは活気に溢れていて……魔法にも溢れていて……。
(……)
いつものことなのですが、少しブルーな気分になったエレに、声をかけてきた方がいました。
「おや、エレさんではありませんか」
エレがそちらに振り向けば。
そこにいたのは、青い髪に羽の意匠の髪止めをした男性でした。
エレの名前を呼んだその男性は、微笑みを浮かべて近付いてきます。
もちろん彼とエレは知り合いであったので、エレも笑顔を浮かべてそれに応えるのです。
「おはようございます。ディッシュ様」
「ああ、おはようございます」
男性――ディッシュ様に深々と礼をすれば、「そんなに畏まらなくともいいですよ」とディッシュ様の声。
これはいつものやりとりなので、エレは慣れていました。ディッシュ様も恐らく慣れています。そういうものなのでした。
「ところで、ラディッシュが何処にいるか、知りませんか」
「しゅーちゃん先生ですか?」
「……そう、その「しゅーちゃん」先生です」
ディッシュ様は若干不服げにそのあだ名を口にします。
理由なんて、もうエレにはわかりきっていました。だから、エレもそれを指摘せずにディッシュ様にしゅーちゃん先生の居場所を伝えるのです。
「しゅーちゃん先生なら、ソルティさんの」
そこまで言葉を紡いだ。そのときでした。
「てえいっ!!」
「うげぁ!?」
次の瞬間聞こえたのは、軽やかに地を蹴る音と、カエルが踏み潰されたような悲鳴。
「……」
「おいこら金平糖野郎、エレちゃんに何を吹き込みやがった? ああん?」
「ま、まだ何も吹き込んでいない! というかソルティだって金平糖の魔法あっ痛い痛い痛い!!」
……エレの目の前で、普段「運動は苦手なんだよね」とけたけた笑っているひととは思えないほどに軽やかに飛び蹴りを決め。今、ディッシュ様を踏みつけているのは紛れもなくソルティさんで。
その下で、「騎士団長」としての威厳もなにもなく踏みつけられ。痛いと悲鳴を上げているのも、紛れもなくディッシュ様で。
「……ソルティさーん……」
「はーい! なんでしょうエレちゃん」
ソルティさんはエレに向けて、非常ににこやかな笑顔を浮かべます。
「……どうかお手柔らかに頼みますわ……」
そうとしか、言えませんでした。だって、ソルティさんの背中に異様なオーラが見えるのですもの。それは、魔法が使えないわたくしでもしっかりわかりましたもの。
「大丈夫大丈夫。こいつエレちゃんが思ってるより丈夫だから」
「ひどい!」
だが、
「そんなところも可愛い!! さっさと嫁に来い!!」
「嫌です!!」
だあん! 激しい音と共に、ディッシュ様の頭が踏みつけられ。
「……やれやれです……」
エレは、静かにディッシュ様とソルティさんの前途多難な恋路を偲ぶのでした。
裏路地を抜け、大通りへ入ります。今日も大通りは活気に溢れていて……魔法にも溢れていて……。
(……)
いつものことなのですが、少しブルーな気分になったエレに、声をかけてきた方がいました。
「おや、エレさんではありませんか」
エレがそちらに振り向けば。
そこにいたのは、青い髪に羽の意匠の髪止めをした男性でした。
エレの名前を呼んだその男性は、微笑みを浮かべて近付いてきます。
もちろん彼とエレは知り合いであったので、エレも笑顔を浮かべてそれに応えるのです。
「おはようございます。ディッシュ様」
「ああ、おはようございます」
男性――ディッシュ様に深々と礼をすれば、「そんなに畏まらなくともいいですよ」とディッシュ様の声。
これはいつものやりとりなので、エレは慣れていました。ディッシュ様も恐らく慣れています。そういうものなのでした。
「ところで、ラディッシュが何処にいるか、知りませんか」
「しゅーちゃん先生ですか?」
「……そう、その「しゅーちゃん」先生です」
ディッシュ様は若干不服げにそのあだ名を口にします。
理由なんて、もうエレにはわかりきっていました。だから、エレもそれを指摘せずにディッシュ様にしゅーちゃん先生の居場所を伝えるのです。
「しゅーちゃん先生なら、ソルティさんの」
そこまで言葉を紡いだ。そのときでした。
「てえいっ!!」
「うげぁ!?」
次の瞬間聞こえたのは、軽やかに地を蹴る音と、カエルが踏み潰されたような悲鳴。
「……」
「おいこら金平糖野郎、エレちゃんに何を吹き込みやがった? ああん?」
「ま、まだ何も吹き込んでいない! というかソルティだって金平糖の魔法あっ痛い痛い痛い!!」
……エレの目の前で、普段「運動は苦手なんだよね」とけたけた笑っているひととは思えないほどに軽やかに飛び蹴りを決め。今、ディッシュ様を踏みつけているのは紛れもなくソルティさんで。
その下で、「騎士団長」としての威厳もなにもなく踏みつけられ。痛いと悲鳴を上げているのも、紛れもなくディッシュ様で。
「……ソルティさーん……」
「はーい! なんでしょうエレちゃん」
ソルティさんはエレに向けて、非常ににこやかな笑顔を浮かべます。
「……どうかお手柔らかに頼みますわ……」
そうとしか、言えませんでした。だって、ソルティさんの背中に異様なオーラが見えるのですもの。それは、魔法が使えないわたくしでもしっかりわかりましたもの。
「大丈夫大丈夫。こいつエレちゃんが思ってるより丈夫だから」
「ひどい!」
だが、
「そんなところも可愛い!! さっさと嫁に来い!!」
「嫌です!!」
だあん! 激しい音と共に、ディッシュ様の頭が踏みつけられ。
「……やれやれです……」
エレは、静かにディッシュ様とソルティさんの前途多難な恋路を偲ぶのでした。