憧れの街で凄腕脳外科医の契約妻になりました。
和登さんは、お父さんの会社を継いでほしいと思うお義母さんを前に、ハアと肩を落胆させた。
「勘違いしないでもらえますか。俺は死ぬまで医者ですが? 父の会社を継ぐ気持ちは、病気になる前から考えたことすらなかったですし、咲村さんにずっと囚われているって仰られましたが、俺は後悔なんてしたこと一つもありませんし、むしろこうして結婚したいと思える人ができて感謝してるんです」
淡々と話す和登さん。
『結婚したい相手』そう言ってもらえて、祖父のことを無下にしない和登さんがありがたくて、ただただ泣きそうになった。
「ーーということで、今後は羽倉家の敷居は跨がないので、そのつもりで。今までお世話になりました」
「行こう」と私の手を引く和登さん。お義母さんは何も言い返すことはせずに、硬直したままで家を出てからも追いかけてくることはなかった。
車に戻り、運転席で「ハア」と息を吐く和登さん。
「ごめん、嫌な思いさせて……指輪も、散々嫌な思いさせたね」
「いえ、本当に欲しかったので。庇っていただいてありがとうございました。でも良いんですか? お義母さん」
「うん、亜矢を悪く言うのは許せないし、俺が親父の会社を継がなかったのは咲村さんのせいでも亜矢のせいでもないのに、あんな風に言われて頭きたんだ。俺の親がまだあんなことを思ってたんだって分かって、絶望したっていうか……」
和登さんは呆れたように、ポリポリと頬を人差し指で掻いた。