憧れの街で凄腕脳外科医の契約妻になりました。
「あ……亜矢です。亜鉛の亜に弓矢の矢で亜矢って言います」
「亜矢ちゃんね。苗字は?」
「咲村です。咲村亜矢って言います」
「……咲村?」
「えっと、咲村の漢字は花が咲くの咲くに村です」
そう伝えると、羽倉先生は黙ってしまった。どうしよう、もしかしたら漢字が分からないのかもしれない。
「えっとですね」と、手のひらを見せ指で漢字を書くけれど、羽倉先生はうんともすんとも言わない。反応がない。
他の先生も羽倉先生の様子が不思議に思ったのか、「羽倉先生? どうしましたか? 早くサインしてあげてくださいよー」とサインをするように急かしてくれている。
そのおかげで羽倉先生も我に返ったように「ハッ」と素に戻ったようだった。
「あの、やっぱりいいです」
「ごめんごめん、大丈夫だよ、漢字分かるから。えっと、咲村亜矢ちゃんね」
羽倉先生は私の名前を書き、慣れた手つきでサインをしてくれた。「はい、どうぞ」と返され、羽倉先生から本を受け取る。
「無理言ってしまってすみません……」
本当はサインがイヤだったのかもしれない。
申し訳なさで謝ると、羽倉先生は曇った表情をしながら、
「亜矢ちゃんの家族にさ、未破裂脳動脈瘤のお爺さんとかいた?」
二十年前に亡くなった祖父のことを聞いてきた。