愚かなキミの、ひと目惚れ事情。【完】
05.
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「……アンタ、冗談でしょ?」
「葉ちゃん顏が怖いよ。そういえばまだ一回も俺の前で笑ってくれたことないよね」
「ふざけてんの?」
「まさか」
瀬名川のことなんて微塵も知らなかったはずなのに、どうしてか彼の苗字に見覚えがあったのは、彼が……有名な書道家の孫だったから。
書道界の中でも別格の流派を代々受け継ぎ、数々の本を出し、全国各地にたくさんの生徒を持つこの瀬名川家当主は、名瀬川 祥の祖父だった。
日本を代表する彼が一文字書すたびに数百万円の価値がつき、その人脈は計り知れない。
そんな人の、孫。
そんな人が、今、皮肉にも私のとなりにいる。
これを偶然だなんて言わせない。
書道を諦めざるを得なかった私を、たまたま好きになり、たまたま街の路地裏で見かけて、たまたま彼氏になっただなんて都合がよすぎる。
迂闊だった。
少し調べればすぐに分かることだったのに、それすら思いつかなかった私はバカだ。