初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした

16 住む世界が違う人

 紫遥がオフィスから出ると、部活を終えた真夏が乗ったリムジンがオフィスの裏に迎えにきていた。
 高級車が珍しくない通りとはいえ、大きなリムジンは一際目立っている。
 
 紫遥の姿に気付き、運転手の中村が扉を開ける。
「すみません、ありがとうございます」と頭を下げながら、紫遥は車に乗り込んだ。

「紫遥ちゃん、おかえり」

 紫遥を迎える真夏は、ジュースを片手にリムジンを満喫していたようだ。
 
「学校で何か言われなかった?」

「言われたよ。だから、ずっと家にいなかったお母さんが、金持ちの恋人を連れて帰ってきた、って説明した」

 そうあっけらかんと話す真夏に、本当に肝が据わった子だと感心してしまう。


 真夏は母親が幼いときに家を出て行ったことも、今は姉と暮らしていることも、周囲に隠さず話しているらしかった。
 そんな正直で隠し事のない真夏が言うのだ。普通の人が言っても信じないような話でも、周囲は信じ込むだろう。

「紫遥ちゃんはどうだった?会社の人にバレた?」

「うん。けどみんな大人だから、私に直接聞いてくるわけじゃなくて、コソコソ噂話してるみたい。まあ、聞かれても困るからありがたいけど」

「それにしても、送り迎えまで手配してくれるなんて、湊さんってすごい過保護だね。やっぱお姉ちゃんに気があるんじゃないの?」

「そんなわけないでしょ。これは見張りみたいなものよ。私たちが余計なことして久我くんに迷惑かけないように」


 紫遥は運転手席にいる中村に聞こえないように、声のボリュームを下げた。

後部座席と運転席には仕切りがあり、小窓を開けないと会話は漏れないようになっているらしいが、念には念を、だ。
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