初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
「そうだな。町田の言う通りだ。会社ごと、っていうのが大事なんだな。ありがとう、助かった。じゃあまた明日」

 湊に一方的に電話を切られ、町田の耳にはツーツーという機械音だけが響いた。

 最後に不穏な言葉が聞こえた気もするが、こんな深夜に細かいことまで気にし始めたら、体力がもたない。
 町田は頭のてっぺんまで布団をかぶり、眠りについた。



 翌朝、いつも通り中村にオフィス裏まで送ってもらい出勤した紫遥は、顔色こそ変わらなかったが、内心はいつ篠原に話しかけられるか、もしかしたら人気のないところで変なことをされるかもしれない、と気が気ではなかった。

 しかし、意を決してオフィスに入ると、そこに篠原の姿はなく、社員たちが噂話でざわついていた。

「ねえ、聞いた?篠原チーム長のこと」

「セクハラで左遷ってやばいよねえ、何しでかしたんだか」

「でも、普段からボディータッチとかひどくなかった?」

 場が騒然となっている中、篠原が統括部長と共にオフィスに現れた。そして、オドオドした様子で全員の前に立ち、そして切れの悪い話し方で別れの挨拶をした。
 
 今後のキャリアを考えて、地方創生に力を入れるため、地方支社への異動を自ら希望した、という内容の話だったが、篠原の様子を見る限り、ポジティブな理由での異動ではないようだ。

 篠原が荷物をまとめて、コソコソとオフィスを出ていくのを見ていると、ホッとするのと同時に、こんなにもあっけなく悩みの種が目の前からいなくなることに、不安の気持ちもあった。

 上手い話には裏がある。紫遥の人生経験から、それはいつだって真理だった。
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