初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 そして、篠原が出ていったあと、なぜか統括部長はまっすぐに紫遥の元に歩いてきた。

 (え?なんで私のところに……?)

 と思ったのも束の間、「仮屋さん、話があるのでついてきてください」と言われ、紫遥は言われるがまま、統括部長のあとについて行った。


 統括部長と共にオフィスを出ていく紫遥を見て、香奈子は今回の篠原の左遷には、紫遥が大きく関わっていることを確信した。
 
 少し紫遥に痛い目を見てもらおうと、篠原を焚き付けたのは自分だが、まさかここまで大事になるとは思っていなかった。紫遥は大人しいし、仕事を押し付けても、理不尽に叱りつけても、泣きもしなければ、反抗もしなかった。淡々と目の前の業務をこなし、まるで機械のように働く女だった。

 だからこそ、篠原に少し付きまとわれたくらいで上に密告するとは思わなかったのだ。それに、派遣社員という立場でセクハラを訴えるなど、厄介者扱いされかねない。当然正社員になるのを狙っている紫遥もそれを避けて、ただ耐え続けるものとばかり思っていたが、どうやら香奈子が思った以上に、紫遥は肝が据わってる女らしい。

 香奈子は紫遥が統括部長と何を話しているかが気になり、コーヒーを淹れに行くふりをして、二人がいるであろう会議室の方に向かった。

 使用中の札がかかっているのは会議室Aのみで、すぐに二人がここで話していることがわかった。すりガラスからこちらの存在を察知されないように、慎重にドアに近づいて中の様子を伺う。

 「買収……!?」

 すると、中から紫遥の驚く声が聞こえてきた。
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