初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 「大丈夫です……ちょっと飲みすぎちゃったみたいで。香奈子さんには先に帰るって伝えておいてください」

 「じゃあ、一緒に帰ろう。俺の家、すぐ近くだから」

 「えっ?」

 「香奈子から、紫遥ちゃんの面倒は最後まで見るように言われてるから。ね?」

 男はちょうど近くに来たタクシーを止めて、よろける紫遥の肩を支え、タクシーの中へと誘導した。
 
 抵抗したかったが、酔いが回っていることもあり、力が出ない。紫遥は吐き気をこらえながら、ヨロヨロとタクシーの後部座席に座った。

 男は抵抗しない紫遥の様子を見て、ニヤリと笑った。そして、タクシーに乗り込もうとした次の瞬間、脇腹にガンッと衝撃が走った。突然誰かに蹴られたのだ。
 
 「いてぇ!!」

 男は脇腹を押さえ、道に倒れ込んだ。
 
 「なにすんだよ!」

 痛みに目を潤ませながら、後ろを振り向くと、そこには見覚えのある美しい男が冷ややかな目をして立っていた。

「なっ……」

 帽子を深く被っていてもわかる、その目力に圧倒され、男は言葉を詰まらせた。

 (どこかで見たことのある顔だ、どこかで……あれ、この男……もしかして……)

 男が口をあんぐりとあけていると、湊が男の前にしゃがみこみ、思い切り髪の毛を掴んだ。

 「何すん……!」
 
 「次、先輩に手出したら殺すからな」

 湊は表情をピクリとも動かさず、男の目を真っ直ぐ見てそう言った。その殺気に、男は一言も発することができずに、ただコクリと頷いた。

 湊は男を掴んでいた手を離し、そのまま紫遥が乗っているタクシーに乗り込んだ。

 「とりあえず渋谷まで」

 「は、はいっ……」

 湊のただならぬ様子と、突然テレビの中でしか見れなかった人気俳優が突然現れたことの衝撃で、運転手は慌てふためいていたが、「はやく出発してくれ」という湊の言葉に、急いでアクセルを踏んだ。
 
 二人を乗せたタクシーは、道路に間抜けな姿で倒れている男を残したまま、走り出した。
< 131 / 258 >

この作品をシェア

pagetop