初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 湊にとって、バスタオル姿の女など、腐るほど見てきたに違いない。ましてや紫遥のこんな姿を見たところで、動揺する理由もないのだろう。
 廊下にポツンと残された紫遥は、ため息をついて、ゆっくりと部屋へと足を踏み出した。




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 朝7時。撮影現場に向かう車の中で、町田はバックミラーから見える湊の様子に、またしても不安を覚えていた。

 窓の外を見て大きなため息を着いたかと思えば、突然「あーもー!」と奇声を発して、頭をグシャグシャとかく湊の姿は、気が狂ったようにしか見えなかった。

「湊さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないだろ!」

 キレ気味でミラー越しに睨みをきかせる湊に、なんと返事していいかもわからず、町田は黙りこむ。
 

 湊は家から出て、送迎車に乗ってからも、廊下で偶然出くわした紫遥を思い出し、悶え苦しんでいたのだ。
 
 熱い湯を浴びた直後の紫遥の肌は艶々しく、頬は桃色に染まり、見つめているだけで湊の情欲を掻き立てた。

 あの時は、紫遥に襲いかかりそうになる衝動をどうにか抑え、紳士的に振る舞ったが、ギリギリの戦いだった。
 
 なぜ紫遥はあんなにも男を刺激する妖艶さを持っているのだろう。力強く抱きしめておかないと、ふっと消えてしまいそうな儚さと、湊を見つめる熱く濡れた瞳は、どんな男でも虜になってしまうような、不思議な魅力があった。

 あれは可愛すぎる。反則すぎる。あざとすぎる。あんな姿、誰にも見られてたまるものか、と湊は見えない敵への闘争心で気が立っており、町田のふとした質問に優しく返答する余裕もなかったのだ。
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