初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 湊にとって、自分は誰にでも身体を許す、貞操観念のない女で、ここまで積み上げてきた俳優としてのキャリアを脅かす存在。周の言う通り、簡単に身体を許す女に、異性としての興味は芽生えないのだろう。同居生活が始まっても、あの日のように押し倒されたことは1度もない。それどころか、まったく女として見られていないようだった。

 今朝、バスタオル姿の紫遥を見る目だって、高校の時親しかった先輩を見る目でも、素肌を顕にした女性を見る目でもなかった。
 ただ、なんの感情も持っていない、”無関心”の瞳で、紫遥を見つめていた。

 紫遥は身体をぶるっと震わせた。膝の上の拳にも無意識に力が入る。
 何がこんなに辛いのか、わからない。今まで自分の中からこんな欲が出たことは1度もない。ちゃんと仕事をしてお金を稼ぎ、毎日温かいご飯を食べて、寝る部屋があって、真夏の笑顔がすぐ側にある。それで満足だった、それ以上求めることはないと思っていた。

 けど、今の自分は、湊とのあの日々をもう一度取り戻したいと願ってしまっている。そんなことを今更願ったって無駄なのに……。

「可哀想な紫遥ちゃん。けど、僕が湊のことを忘れさせてあげるから」

 周がゆっくりと紫遥に手を伸ばし、頬を優しく撫でた。
 紫遥は、湊とそっくりな周の顔を視界にいれないよう、そっと目を瞑った。
 

 ****

 「……OK!!!最高だったよ、MINATO!」

 「ありがとうございます……!」

 憧れの監督からの「最高」という言葉に、湊はベッドから起き上がり、晴れやかな顔で頭を下げた。
< 158 / 258 >

この作品をシェア

pagetop