初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
 テレビ局の近くにあるコンビニまでは、歩いて5分ほどだった。このあたりでは芸能人も多く、近隣住民は見慣れているのか、わざわざ変装せずとも、声をかけずに放っておいてくれるからありがたい。

 しかし、コンビニで買い物をすませた直後に、久しぶりに後ろから声をかけられた。

「久我?久我湊だよな?」

「もしかして……山口先生……?」

 振り返ると、そこには美術部の顧問であり、高一の時の担任でもある山口が立っていた。

「やっぱりそうか!いやー、このあたりテレビ局あるからもしかしていつか会えるかもとは思ってたけど。テレビでいつも見てるよ!すごい人気だな!うちの娘も久我のファンでさ、元教え子なんだぞって自慢してるよ」

 山口がそう言って湊の背中をバンバン叩いた。
 昔から陽気で親しみやすく、生徒から人気のある教師だった。今もその気さくで人懐っこい性格は変わらないらしい。

「ありがとうございます。あれ、娘さん、今何歳になるんでしたっけ?」
 
「もう6歳になるよ、来年小学生。なのに、たまに大人みたいなこと言うから、ヒヤヒヤするよ」

 そう言って笑う山口はすっかり父親の顔になっていた。あの時はまだ若々しさが残っていて、自分と身近な存在に感じていたが、今はもう四十代に差し掛かり、白髪も増え、よく見ると目尻には細かい皺が出来ていた。自分とは違う、成熟した大人の顔だ。

「お前は最近どーなんだ?人気絶頂期だし、結婚なんてのはまだ考えてないか」

「いや、そうっすね。いつかはしたいと思ってるんですけど、忙しくて」

 漠然とではあるが、湊にも結婚や家族に憧れはあった。
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