初めてを捧げたのは、人気俳優になった初恋の人でした
「あーあ、美人はいいわよね。ちょっと媚びれば、周りの男が助けてくれるし、ちょっとしたことで褒められる。大した仕事もできない派遣のくせにねー!篠原も、あんたが被害者ぶったせいで地方に飛ばされて、本当かわいそうだわ。どうせ自分から誘ったくせに」

そうまくしたてる香奈子の言葉に、紫遥の眉がピクリと動いた。

男性からの好意を拒絶すると、いつも言われる言葉だった。

『被害者ぶるなよ』
『誘惑したのはそっちでしょ』
『だったら最初から思わせぶりな態度とるなよ』

そう言われるのが嫌で、いつしか拒絶すらもできなくなっていた。

だから距離をおいて、できるだけ深く関わらないように、できるだけ自分に近づく男性が現れないように、目の前の仕事だけを淡々とこなしてきたつもりだ。

なのに、同性である香奈子から、そんな言葉を投げかけられたことが、ものすごくショックだった。


「なんでそこまで言われなくちゃいけないんですか」

「は?」

 香奈子は目を尖らせて睨んだが、紫遥は動じず冷ややかな声で言った。

「私が派遣社員で未熟だということは事実ですが、周りの人達が助けてくれるのは、私の外見が理由でもないですし、媚びているからでもありません。本来、香奈子さんがやるべき仕事を、私が押し付けられているからです」

事実、周りの社員に声をかけられる時のほとんどが、業務量に関することが理由だった。香奈子から回される仕事の量が多いことを心配して、声をかけてくれる優しい社員が、今の部署には多かった。それを香奈子は知らないのだろう。

「なっ……!」

「『正社員になりたいならこれくらいやらないと』、『社会人としての成長のためだ』、そう言って香奈子さんはいつも私に重要な仕事を任せてくださいますが、大した仕事もできない私のような派遣社員に、いつまで大事な業務を任せるつもりですか?」

 淡々と自分の主張を告げる紫遥の様子に、香奈子は面食らって、唇をピクピクと引き攣らせた。

いつもの紫遥であれば、理不尽に叱られても決して言い訳をせず、素直に謝り、また淡々と仕事をこなす、自分の意志を持たない機械のような女だった。
 だが、香奈子から目をそらさず、自己主張をするその姿は、いつもの紫遥とは別人のようだった。
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